国民のための管楽器図鑑

 このコーナーでは、いわゆるオーケストラ楽器と呼ばれるもののうち、主に管楽器についての解説をしています。毎回一つの楽器に絞って、その特徴や演奏に関するエピソードなどを紹介したいと思っています。音楽に詳しくない方にもなるべく分りやすいように、専門用語には用語解説のリンクを設けましたので、そちらを参考になさってください (別ウインドウまたは別タブで開きます)。今月は「バスーン」です。
 音名表記はすべてドイツ音名です。


バスーン
bassoon / Fagott / basson / fagotto / 巴松管

C の楽器
ヘ音記号、ハ音 (テノール) 記号、ト音記号
実音で記譜

材質 木製。もっぱらメイプル (楓) が用いられる。
お値段 50 ~ 1,200 万円くらい。
専門的呼び名 特になし。

バスーン バスーンはファゴットとも呼ばれるダブルリード楽器である。イタリア語の「fagotto」は「束」を意味する語であるが、その名の通り木材を束ねたような外観である。管の長さは約 2.6m に渡り、これを 2 つに折り曲げているために、このような外観を有するのである (写真)。リードは 2 枚で構成されていて、これを口唇でくわえ込んで振動させる。リードは歌口 (マウスピース) や楽器に直に装着するわけではなく、ボーカル (またはクルック) と呼ばれる金属製の細い管を介して楽器と結ばれている。
 楽器はボーカルを含めると 5 つの部分なら成っていて、それぞれボーカル、テナージョイント (ウイングジョイントまたは短胴部管ともいう。以下同じ)、ダブルジョイント (ブーツジョイントまたは足部管)、バスジョイント (ロングジョイントまたは長胴部管)、ベルジョイント (朝顔管または先端管) と呼ぶ。「朝顔管」は、名前に反して他の多くの管楽器のような朝顔形のベルを持たないことが特徴である。また楓材という比較的柔らな木材を使用しているので、他の楽器に比べると手入れに手間がかかる。一般的に使用されるドイツ式のバスーンでは、キーはだいたい 33 個ほどである。フランス式バスーンはキーシステムが異なり、音程や音色のコントロールが難しいと言われる。また音量も小さいため、大編成化が進んだ現在の管弦楽ではあまり使用されなくなった。

バスーンの音域

1 図「バスーンの音域」


 バスーンは実音で記譜される。音域は 1 図のように 3 オクターブ余りをカバーしている。これほど広い音域を比較的容易に演奏できる管楽器は、他にはクラリネットくらいしか見当たらない。低音部では野趣的な趣のある太い音質であり、高音部ではややこもった感じの、穏やかな音質である。スタッカートでおどけた感じの表現ができるので、男性が歩くような場面を想像させる場面で使われることもある。また広い音域の跳躍を得意としているので、他の低音管楽器とは譜面の書かれ方が明らかに異なっている。
 バスーンは管弦楽吹奏楽、室内楽など、あらゆる編成で使用されるが、クラシック以外のジャンルで使用されることは稀である。管弦楽では主要木管楽器 4 種 (フルート、オーボエ、バスーン、クラリネット) の一つであり、定員は管弦楽も吹奏楽も 1 ~ 2 人である。2 人の場合は第一と第二の 2 つのパートに分かれる。楽曲によっては第二奏者がダブルバスーン (コントラファゴット) に持ち替える場合などもある。非常に大きな編成を必要とする楽曲の場合、バスーン 2 パートとは別にダブルバスーンを置くこともある。なお吹奏楽曲でバスーンを 2 パート要求する楽曲は多くない。
バスーンのリード バスーンはオーボエと同様にリードに神経を使う楽器である。リードは南仏産の暖竹を用いるのが主流で、多くの奏者は半完成品にある程度手を加えて使用している。リード作りの工具を用意して自前で製作する奏者も多い (右の写真はバスーンのリード)。なおダブルバスーンのリードは品薄で値段も高く、取り扱いには細心の注意が必要である。下記の「JDC」のような、ダブルリード奏者をサポートする専門業者は世界中に存在するが、こういう業者が我が国に誕生するまでは、特殊楽器といわれるダブルバスーンやサリュソフォンヘッケルフォンなどのリードを手に入れるのは大変困難なことだったようである。
 バスーンは音程が不安定で、音色も奏者によって大きく異なるため、バスーン奏者として機能的に安定するまで (要するにうまくなるまで) には、かなりの訓練が必要である。そのほか、バスーンは管楽器の中で唯一、10 本の指がフルに活動する「死に指」のない楽器である (例えばクラリネットは右手の親指は運指に使用しない)。したがって運指そのものがかなり難しい上に、相当数の替え指が存在するので、その習熟には根気が必要である。
 一昔前のアマチュア吹奏楽団では、現在のようにダブルリード楽器が普及していなかった。これは楽器が高価なことや、演奏技法の習熟に時間がかかること、指導者の不足などの原因が挙げられる。また、管弦楽に比べて音量の大きい吹奏楽では、あまり大きな音の出せないバスーンは、楽器導入にあたって後回しになることが多かった。高いお金を払って導入したとしても、チューバやバリトンサクソフォンなどとユニゾンでベースラインを刻むだけ、という使い方では、宝の持ち腐れだからである。しかし近年では吹奏楽曲でもバスーンは重要な役割を持つようになり、また大きな管弦楽曲を編曲して演奏する機会も増えたので、大変高価な「ダブルバスーン」を導入する楽団も見られるようになった。


有名バスーンメーカー 3 社へのリンク (英語またはチェコ語)

Oscar Adler
Heckel
Amati

全国のダブルリード奏者がお世話になっている「JDR」へのリンク

日本ダブルリード株式会社

──バスーンの運指に悩んでいるあなたに──
ドイツ式、フランス式はもちろん、
ダブルバスーン、サリュソフォン、オフィクレイドまで網羅して、
トリルや重音まで載っています。ただし英語。

The Bassoon-Family Fingering Companion


バスーン雑記帳

 たまたま先月号の文末に「来月はバスーンです」と書いてしまったため、今回は「バスーン」で表記を統一したが、どちらかというとこの楽器は「ファゴット」と呼ぶ方が一般的で、通りもいいようである。ただ作曲や編曲をしていてオーケストラ用のフルスコアを書く時は「Bassoon」と書いている。これは習慣でもあるし、他の楽器を英語で書いているのにバスーンだけイタリア語では統一性を欠くからである。しかし時々混乱して「Dowble Bassoon」とするべきところを「Contrabassoon」と書いたりして後で手直しすることがある。コントラファゴットと、弦楽器のコントラバスがごっちゃになっているのである。
 私が初めてバスーンを目にしたのは中学 2 年生の時だった。その前年に転勤してきたオケ育ちの新しい顧問は、吹奏楽コンクールの講評に「音楽以前である」とまで書かれた私たちのバンドに、恐れ多くも独 Schreiber 社謹製のバスーンを導入したのだった。彼が購入したのはバスーンだけではなかった。このほかにオーボエ、バスクラリネット、ユーフォニウムを一度に購入して、私たちウブな部員の度肝を抜いたのである。まだ 1 ドルが 250 円ぐらいで、楽器を買うと 10% の物品税を取られた時代の話である。
 新一年生として入部したばかりの女の子は、いきなり有無を言わせず真新しいオーボエを渡されて泣きそうになっていた。別の男子は同様にバスーンを渡されて発狂していた。バスクラリネットを渡された 3 年生は、これを左遷と受け止めた。ユーフォニウムを渡された 2 年生は、思いがけず最高級品にグレードアップして狂喜した。ホルンの生徒は口々に「そんな金があるなら、俺たちのボコボコの楽器を修理してくれ」と不平を漏らした。フルートとサクソフォンはクールであった。トロンボーンとトランペットは「どうしたら演奏している姿がカッコ良く見えるか」の研究に余念がなかった。チューバは給食室に残飯を盗みに行って不在であった。パーカッションは校門でナンパされたきり行方不明になっていた。コントラバスはさらっていた。
 専門的に教えるトレーナーも付かず、教則本もなかったので、ダブルリードの 2 人はまったく独学で練習しなければならなかった。入学の 3 ヶ月後には地元の吹奏楽祭があり、そのひと月半後の 9 月には吹奏楽コンクールが控えている。これらのスケジュールに間に合わせるために、基本練習もそこそこに、2 人は曲ばかりさらわなければならなかった。運指表と譜面を突き合わせながら、一つ一つ指を覚えていくのである。これらの曲に出てこない指は「知らない」という世界であった。
 こういう練習をさせていることが「吹奏楽の木管は (管弦楽に比べて) 音が汚い」といわれる所以なのである。現在は演奏レベルが向上して、世界でもトップクラスと言われる日本の吹奏楽だが、二昔ほど前は、こういう練習をさせている指導者がいくらもいた。田舎の中学生のことだから「ここはバスーンのソロか。あんまり音量も出せないみたいだし、ここは花を持たせて、少しボリュームを落としてやるか」などと気の利いたことを考えつくわけでもない。市民会館に集まった親戚一同に少しでも自分の音を聞かせようと、ただの伴奏なのに死に物狂いで吹きまくる。バスーンの生徒も、家に帰ってから母親に「あんたホントに吹いてたの?」と言われまいと必死である。最初から最後までチャイナウルで、張り切ったパーカッションがこれにとどめを刺す。「音楽以前」と書かれても仕方がない。
 もともと吹奏楽というのは軍楽隊が発祥で、体育会系文化クラブと呼ばれていたりする。したがって「元気があるよろし」式の演奏がもてはやされた時代があったことも確かである。ただし「これではいけない」という議論もかなり昔からあって、昭和 30 年代の吹奏楽コンクール全国大会の講評などを読むと、「メリハリがない」とか「誰が主役か分からない」、ただ単に「うるさい」などと手厳しい。これは当時の時代背景だから仕方がない面もある。終戦から間もないころで、外国産の楽器や譜面を調達するのも一苦労で、指導者もない状態では、一から始める学生にエレガントな演奏をさせるのは難しいだろう。現在は欲しい情報はいくらでも身近にあるし、日本円も強くなって、海外の一流ブランドの楽器が簡単に手に入る。譜面は上野の音楽資料室とか信濃町の民音に行けば「ない譜面はない」ほどの蔵書を自由に閲覧したり借りてこられる。指導者など多すぎて職に困っているほどである。
 さきほどのオーボエやファゴットの生徒のように、私も中学に入学してすぐにトロンボーンをあてがわれて、曲ばかりさらっていた。現在はクラリネットが吹きたくて、地元の音楽教室に通おうかと思っているが、あのころのように、3 ヶ月後の吹奏楽祭にハコで出られたような上達のスピードは、もう永遠に得られない。リコーダーでラーメン屋のチャルメラの真似をするのが関の山だった子供が、わずか 3 ヶ月でドボルザークなどを演奏する、あの熱病のような執着は一体何だったのだろう。もし今クラリネットを渡されて「再来月にチャイコの四番やるから、よろしく」などと言われても絶対に間に合わない。いや、間に合わないと先に決めつけること自体、あのころの私とは違っている。
 要するに、これが年を取ったということなのか。

参考文献:新音楽辞典 (音楽之友社) / 新版吹奏楽講座 (同) ほか
記述:1998 年 4 月



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