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キハ 08 (加悦鉄道)

キハ 08 主要諸元 (落成時)
定員 76人 自重 38.9t 最大長 19,870mm
最大幅 2,928mm 運転台 機関 DMH17H
出力/回転数 180PS/1,500rpm 動力伝達 液体式 変速機 TC2A/DF115A
製造初年 1961年 製造所 苗穂 台車 DT22A,TR51A/TR23

キハ08 3  加悦鉄道キハ 08 3 の外観です。1983 年 10 月に丹後山田駅で撮影。この車輌は北海道で不足していた気動車を、できるだけ安価に製造する目的で、オハ 62 130 を種車にして 1962 年 3 月に国鉄苗穂工場で改造されました。当初はキハ 40 という番号を名乗っていました。1971 年 8 月に釧路で廃車されたあと加悦鉄道に売却され、便所と洗面所を撤去して、1985 年 4 月に同鉄道が廃止されるまで使われていました。現在は加悦 SL 広場で静態保存されています。
キハ08 3  同じく加悦鉄道キハ 08 3。外観的に国鉄時代と異なるのは連結幌や KE53B ジャンパ栓が撤去されている点です。キハ 08 を導入した当時、加悦鉄道で使われていたのは機械式気動車ばかりだったので、必要なしと判断されたのかも知れません。ちなみに、のちに加悦鉄道に入ったキハ 10 18 でもジャンパ栓は撤去されています。ATS (S) の表記もありませんが、加悦鉄道に ATS が導入されていたかどうか私は分かりません。なおキハ 08 2 とキハ 08 3 の従台車は TR51A ですが、キハ 08 1 についてはスハニ 31 の TR23 を改造して使いました。改造箇所は上芯皿取り付け部、軸バネと枕バネ (電車用と交換)、ブレーキてこだそうです。種車のオハ 62 が履いていた TR11 は、スハニ 31 を改造したオル 32 配給車に使われたそうです。
キハ08 3  撮影データは上記と同じです。キハ 08 は 970 万円 (当時) という低コストで改造され、性能試験においても予想以上の出来だったと記録されています。ちなみに同じ時期のキハ 26 の新製費用は 1,620 万円だったそうです。ただ、軽量化車体を持つキハ 22 に比べると重量が約 6t も大きいため加速特性は劣り、20‰での均衡速度は 30km/h で、使用は平坦線区に限られたそうです (1t あたりの馬力は約 4.63PS)。
キハ08 3  キハ 08 3 の車内です。撮影データは上と同じです。気動車化改造の際に車内には手を加えなかったので、種車のオハ 62 の面影をよく残しています。しかし私が乗車した時には車内は非常に傷んでいて、ブラインドや窓のゴム部分はボロボロになり、板張りの床の隙間からは地面が見えるほどでした。もともと種車となったオハ 62 130 も、1922 年に製造されたナハ 22459 を鋼体化改造したわけで、厳密には大変古い車輌と言うことができます。ただし機関は当時新鋭の DMH17H を搭載しています。せっかくの横型機関なのだから、2 機関搭載にしておけば、単行運転の可能な強力型車輌を求めていた北海道で、もう少し長く活躍できたかも知れません。キハ 08 はあくまで新造気動車の投入が落ち着くまでの一時しのぎだったらしく、引退後は他の車輌に機関を使い回すつもりだったようです。

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