猫の毛色と遺伝 (1)

1. はじめに
2. イエネコの先祖
3. アグチパターンはすべての猫の基本型
4. メンデルの法則

- 猫の家族 -
黒白 [ww o aa B- C- D- SS] 父♂
キジ渦白 [ww oo A- B- C- ii D- Ss mcmc spsp uu] 母♀
黒白 [ww oo aa B- C- D- Ss] 子♀
キジ渦白 [ww o A- B- C- ii D- Ss mcmc spsp uu] 子♂
キジ渦白 [ww o A- B- C- ii D- Ss mcmc spsp uu] 子?



1. はじめに

 我が家には 2 匹の猫がいます。1 匹は 2003 年 8 月から飼っているオスのキジトラ白で、名前をサチコといいます。もう 1 匹はレッドクラシックタビー白のオスで、2009 年 8 月に我が家にやって来ました。こちらの名前はマコといいます。

サチコ 2003 年夏のある朝、生後 3 ヶ月ぐらいだったサチコは、我が家の庭に迷い込んでにゃあにゃあ鳴いていました。子猫の鳴き声に気づいたのは出勤時でしたが、朝は慌しくて探している余裕がなく、夜になって帰宅した妻が、一日中鳴き続けていたらしいサチコを見つけ出して、家に入れて食べ物や飲み物を与えました。たまたまそのころ、夫婦の間で何か生き物を飼おうという話が出ていたので、渡りに船とばかり、サチコはそのまま我が家の一員になりました。
 そういう経緯なので、サチコの両親や兄妹の消息はまったく分かりません。

マコ 一方、マコの出自はサチコよりだいぶはっきりしています。
 一方、マコの出自はサチコよりだいぶはっきりしています。
 マコは2009年5月20日に東京都調布市で生まれ、兄妹はほかに4匹いました。内訳は、マコと同じオスのレッドクラシックタビー白が2匹と、メスの三毛が1匹です。母親と娘はまだら状の三毛が特徴的でした。父親は行方不明のためデータがありません。
 マコに関してこれだけ詳しいことが分かっているのは、母親が出産した時に、家族まとめて保護されたからです。その後、子供たちは色々なところに里子に出され、我が家に来たのがマコだったわけです。

─────

 猫の出自というのは、血統書つきでもない限り、分かることが限られているように思えますが、外見という大きなヒントがあります。
 外見というのは、遺伝子に支配された、いわばその個体の表現の場です。一説には、猫の被毛は 1153 通りもの組み合わせがあるそうですが、これらの多くについて、外見から科学的に分類することができます。

 私は 2011 年 6 月から本格的に野外で猫の撮影を始めましたが、猫の被毛がこれほどバラエティーに富み、奥の深いものだとは思っていませんでした。ある場所に数匹の猫が集まっていれば、単純に家族や親子と思っていましたが、ただ眺めているだけでそれを証明することはできません。
 そこで、被毛の遺伝子型を勉強して、普段何気なく接している猫の姿を、科学的裏づけを持って観察しようと考えました。
 このレポートでは、猫の被毛について、私が色々な書籍やウェブサイトで調べたことを紹介したいと思います。

 このレポートは、小学生までは理科が得意だったものの、その後遊びを覚えて没落した管理人が、付け焼き刃的に勉強して書きました。したがって、書かれている内容が正しいとは限らないことにご注意ください。誤りを正してくれる奇特な方がいらっしゃいましたら、メール掲示板にてご教示いただければ幸いです。

 このレポートを作成するにあたり、引用・転載させていただいた写真については、著作者名または URL を表示しています (各ページのトップ画像を除く)。特に断りのない写真は、管理人自身が撮影したものです。写真の毛色や分類は、天候などによって実物とは若干異なったり、誤判定の場合があります。写真をクリックすると Lightbox 表示します。

 猫ブログも運営していますので、外猫の写真をたくさん見たい方はぜひどうぞ。


参考文献

ネコの毛並み ─毛色多型と分布─
野澤 謙 (裳華房刊)

ネコと遺伝学
仁川 純一 (コロナ社)


2. イエネコの先祖

 私たちが普段街なかで見かけ、「ねこ」と呼んでいる動物は、学名を Felis silvestris catus といい、ネコ科ネコ属ヤマネコ種イエネコ亜種に分類されています。祖先はリビアヤマネコと言われていますが、リビアヤマネコが進化してイエネコになったのではなく、家畜化したものがイエネコです。人間に頼って生きることを選んだイエネコは世界中に分布している一方、野生種であるリビアヤマネコは、アフリカ北部や西アジアなどに生息しています。両者は染色体数が同じの同一種ですから、交配することができます。

 「家畜」というのは、人間が利用しやすいように馴らされ、人の手で飼育管理されている動物を差す言葉です。家畜の利用方法は様々で、食用としてだけでなく、動力や狩猟などの使役や、被毛や角(つの)などの採取が目的の場合もあります。タイリクオオカミを祖先に持ち、歴史上最も早く家畜化したと言われている犬(イエイヌ)の利用目的は狩猟でした。猫の場合は人類が農耕型生活を始めた紀元前9500年ごろ、穀物貯蔵庫を狙うネズミを追って家畜化したと言われています。人間がリビアヤマネコを招いたのか、それともリビアヤマネコの方から人間社会に入ってきたのか、はっきりしていません。両方が同時に起きた可能性もあります。
 家畜として価値を高めるには、より従順に訓化される必要がありますが、それは同時に野生を失うことでもあります。つまりどういうことかというと、突然変異で生じた特異な形質に対して、淘汰圧が働かなくなります。例えば、足の遅い個体が野生で生きていくことは覚束ないでしょうし、派手な毛色も目立ちすぎて具合が悪いと思われます。これらのことは、野生環境下では生死に関わりますが、人間の庇護下にある家畜の世界では問題になりません。したがって、野生なら一代限りで滅びてしまうような形質の変化が、家畜では何代にも渡って生き残ったり、数を増やすことさえあるのです。イエネコの毛色のバリエーションの豊富さも、そうした家畜化の結果の一つです。
 家畜化した動物は、天敵に襲われたり、飢えに苦しむことのない、安穏とした生活を手に入れましたが、それと引き替えに、二つの大きなものを失いました。一つは生殖の自由、もう一つは進化です。野生動物は常に淘汰圧に苦しみ、多くの個体がばたばたと死んでいきますが、例えばわずかに耳が大きいとか、少し毛色が濃いとかいう些細な理由で生き残り、そうした個体が繁殖を重ねることで環境に適応(つまり進化)します。これらのことは家畜には起きません。

リビアヤマネコ
リビアヤマネコ
(Photo by Sonelle, from English Wikipedia.)
キジトラ
イエネコ (キジトラ)
(東京都府中市)

 リビアヤマネコの写真を見てお気づきかと思いますが、色といい、胴体や尻尾の縞模様といい、イエネコのキジトラにそっくりです。このような縞模様は、一本一本の毛が黒と褐色の層になっていることで発現します。こうした毛色を「アグチパターン」と呼びます。多くの野生動物がアグチパターンの被毛を纏っていますが、名前の由来になったのはアグチというネズミの一種です。イエネコの中ではキジトラがアグチパターンを持っていて、この被毛を「野生型」と呼んでいます。
 アグチパターンは、先祖であるリビアヤマネコが持っている被毛ですから、すべてのイエネコのルーツ (となる毛色) はキジトラであり、それ以外のイエネコは、何らかの理由で被毛が変化 (変異) したことになります。


3. アグチパターンはすべての猫の基本型

 ここからは、改めてイエネコを単に「猫」と呼ぶことにします。
 猫の被毛の色や模様は、いくつもの遺伝子の組み合わせで決まります。では、猫たちのルーツとなるキジトラは、どのような遺伝子が組み合わさって、あのような被毛になっているのでしょうか。

ww o A- B- C- ii D- ss Mc- spsp uu L-
↑毛色に関する遺伝子 ↑模様に関する遺伝子 ↑被毛の形状 (長さ) に関する遺伝子

 上記がキジトラの遺伝子記号です。このように、猫の被毛は、

  1. 模様
  2. 形状

 上記 3 つの要素で構成されています。
 先も書いたように、これがすべての猫の原型となる被毛、いわゆる野生型ですから、これ以外の被毛の猫は、野生型の遺伝子のどこかが変異していることになります。
 もちろん、猫の被毛に関する遺伝子は、これだけではありませんが、上記の組み合わせで、一般的に見かける猫の多くをカバーすることができます。
 様々な被毛の猫が、どのような遺伝子を持っているのか紹介する前に、ここで遺伝学の基本を復習しておきましょう。


4. メンデルの法則

 私はメンデルの法則を中学校で習いました。
 ここに架空の植物があります。ナス科の唐辛子系の植物と仮定しましょう。ハバネロのように、実をとても辛くする遺伝子を A、ピーマンのように実を甘くする遺伝子を a とします。これらの遺伝子の働きによって、「辛い」とか「甘い」といった現象が生じます。こうした現象 (形質) を生じさせる遺伝子の組み合わせを「遺伝子型」と呼びます。
 遺伝子は両親から 1 個ずつもらうので、この例の場合、AAAaaa の 3 通りの遺伝子型が存在します。
 これら 3 つの遺伝子型のうち、辛い実をつけるのは AAAa です。AA が辛いのは当然ですが、Aa まで辛くなるのはなぜでしょうか。あるいは中辛にならないのはなぜでしょうか。

 それは、実を辛くする遺伝子 A が優性遺伝子だからです。
 一方、a を劣性遺伝子といい、優性遺伝子と一緒の時は、その働きが抑えられてしまいます。その結果、Aa では「辛い」という形質だけが発現するのです。
 ただし、実を甘くする遺伝子 a は、あくまで A によって抑えられているだけで、その性質が失われたわけではありません。ですから、交配により aa の組み合わせになった時には、実を甘くするという仕事をします。
 こうした現象のことを「優性の法則」といいます。優性遺伝子はアルファベットの大文字から始まる記号で表され、劣性遺伝子は小文字で表されます。また、遺伝子の働きによって、個体の特徴として現れる形質 (この例では味) を「表現型」といいます。
 語感から誤解されがちですが、甘い辛いが優劣の問題ではないように、優性遺伝子が優秀なわけではありません。

 さて、これらの唐辛子が受粉し実をつけて種ができました。その種を蒔いてできる次の世代の唐辛子は、辛いのでしょうか、それとも辛くないのでしょうか。
 前述したように、辛い唐辛子の遺伝子型は AAAa のどちらかです (両方まとめて A- と記述することができます)。甘い唐辛子は aa です。これらの唐辛子を交配した時に、次の世代がどうなるか表したのが下表です。

辛い唐辛子×辛い唐辛子
A A
A AA AA
A AA AA
A A
A AA AA
a Aa Aa
A a
A AA Aa
a Aa aa

─────

辛い唐辛子×甘い唐辛子
A A
a Aa Aa
a Aa Aa
A a
a Aa aa
a Aa aa

─────

甘い唐辛子×甘い唐辛子
a a
a aa aa
a aa aa

 このように、辛い唐辛子同士を掛け合わせても、必ずしも次の世代が辛くなるとは限りません。世代が代わる時、遺伝子は一旦ばらばらになって、父と母から遺伝子を 1 個ずつもらい、次の世代で新たな組み合わせを作るからです。これを「分離の法則」といいます。この時、優性遺伝子 A によって働きを抑えられていた a が 2 個揃えば、甘い実がなります。

 しかし、趣味の園芸なら良いでしょうが、農作物がこれでは売り物になりません。そのため、農業試験場などで、必ず辛い実がなるように品種改良が行われるわけです。これを遺伝子型で言えば、「農作物としての唐辛子は、必ず AA でなければならない」ということです。農作物の場合は味だけでなく、果実の大きさ、病害虫に対する強さなど、様々な要素が加味されます。当然それらを司っている遺伝子も様々ですし、それぞれの遺伝子には上位・下位の関係があったり、機能的不具合を招く遺伝子型や死に至る遺伝子型もあるので、簡単なことではありません。
 猫の場合は、特定の模様や色が生じるように、人間の手でコントロールされているものがいます。こうした猫が血統猫として流通しているわけです。

─────

 ここで用語を説明します
 それぞれの遺伝子は、染色体上に専用の格納場所を持っています。常染色体のこともあれば、性染色体の場合もあります。この格納場所のことを「遺伝子座」といいます。上記の唐辛子の例では、味という形質の元になる遺伝子 Aa が存在しますが、これらの遺伝子は A 遺伝子座に格納されています。
 一つの遺伝子座に入っている遺伝子同士を「対立遺伝子」といいます。上記の例では Aa が対立遺伝子です。これらは両親から 1 個ずつもらいます。
 遺伝子の様々な組み合わせを「遺伝子型」と呼びます。上記の例では、AAAaaa という 3 つの遺伝子型が存在します。そのうち、自然界で最も高い頻度で観察されるものを「野生型」と呼びます。野生型という言葉は、遺伝子型だけでなく、対立遺伝子や表現型にも使われます。野原に広汎に自生している唐辛子が辛いのであれば、野生型の遺伝子型は AA、野生型の対立遺伝子は A、野生型の表現型は「辛いこと」となります。
 対立遺伝子がどちらも優性遺伝子 (AA) の場合は優性ホモ接合体と呼びます。どちらも劣性遺伝子 (aa) の場合は劣性ホモ接合体と呼びます。優性遺伝子と劣性遺伝子が組み合わさっているもの (Aa) はヘテロ接合体と呼びます。優劣のない対立遺伝子もあります。

2012 年 4 月現在、日本遺伝学会では、用語改訂を検討しているそうです。
2013 年 7 月現在、「優性の法則」を「顕性の法則」にするなどの議論が進められているそうです。

─────

 ここまで架空の植物で説明しましたが、次は白猫を例にして、猫の被毛の遺伝について考えてみましょう。
 下表はキジトラ (野生型) と白猫の、毛色に関する遺伝子型を表しています。白猫は W- 以外がすべてナカグロ (・) になっていますが、これは遺伝子 W がほかのすべての遺伝子よりも上位であることを示しています。

表現型 遺伝子型
遺伝子座
備考
W O A B C I D S
キジトラ ww o A- B- C- ii D- ss 野生型
W-  

 先ほどの唐辛子のように、白猫を交配するとどんな子が生まれてくるのか考えてみましょう。
 その前に、なぜ白猫なのかという点について説明しておきます。猫において被毛全体が白いという形質は、優性遺伝子 W が司っていますが、この遺伝子は大変強力で、ほかの毛色に関するどんな遺伝子を持っていたとしても、W が 1 個あるだけで必ず猫は白一色になります。先ほども少し触れましたが、「遺伝子 W はほかの毛色の遺伝子よりも上位」ということです。要するに、W がほかの遺伝子の働きを抑え込んでしまうので、それらの働きを考慮する必要がなく、例として単純化できるわけです。

白猫×白猫
W W
W WW WW
W WW WW
W W
W WW WW
w Ww Ww
W w
W WW Ww
w Ww ww

─────

白猫×白でない猫
W W
白でない w Ww Ww
w Ww Ww
W w
白でない w Ww ww
w Ww ww

─────

白でない猫×白でない猫
白でない
w w
白でない w ww ww
w ww ww

 唐辛子の例と同じように、白猫同士を交配しても、必ずしも子が白猫になるとは限りません。白でない両親から白猫が生まれることもありません。極めて単純な例ですが、ここから観察の第一歩がスタートするのです。
 ただし、外見からの判断には限界もあります。街なかで白猫を見かけた時に確実に言えることは、「少なくとも遺伝子 W が 1 個ある」、すなわち「W-」ということだけなのです。その白猫が WW なのか Ww なのか、さらに、ほかにどんな下位遺伝子が隠されているのかは、研究室に持って行かなければ分かりません。このようなことは、程度の差こそあれ、W 以外の遺伝子でも起こります。

 説明が大変長くなりましたが、次ページからは、野生型のキジトラを元に、猫の被毛の代表的な遺伝子型と表現型について説明します。


(1) はじめに / イエネコの先祖 / メンデルの法則
(2) 被毛のバリエーション / 無地の遺伝子型
(3) 被毛の色に関する遺伝子
(4) 被毛に模様に関する遺伝子
(5) 野外の猫を観察する ─無地の猫─
(6) 野外の猫を観察する ─トラ模様の猫─
(7) 野外の猫を観察する ─渦巻き模様の猫─
(8) 野外の猫を観察する ─混色系の猫─
(9) 野外の猫を観察する ─その他の模様の猫─
(10) 被毛の形状に関する遺伝子
(11) 被毛に関するその他の遺伝子


猫ブログ「一日一猫」


戻る ホーム