線路を歩こう。

東武鉄道高坂構外側線
(秩父鉱業専用線・日本セメント東松山専用線)


その 3 「葛袋 3 号橋東詰→高坂駅」

葛袋3号橋東詰→高坂駅
↑青線が廃線跡。赤線は立ち入らなかった部分。薄ピンクの線は迂回路。
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 上の地図のピンクの線に沿って迂回して、葛袋 3 号橋の東詰にやってきました。高坂方向に向かって撮影しています。この藪が意外に手強くて、抜けるのに少し時間がかかりました。 093
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094  上の写真と同じ地点で、高本方向に振り返って撮影。関越道ができる前も、線路は同じ場所を通っていたようです。この部分の関越道は切り通しになっているので、改めて高度を稼ぐ必要もなかったようです。
 風は非常に強く、厚い雲が垂れ込めています。この直後、ついに顔に冷たく当たるものが降り始めました。
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 先ほどの藪を高坂に向かって進むと、廃線跡は突如資材置き場になります。大晦日+不景気なので従業員はいないでしょうが、近所に犬がいるらしく、さっきから吠えているので、ここも大人しく迂回します。今回このように慎重なのは、万一検挙されて家に帰れなくなったら、飼い猫に餌をやる人がいなくて飢え死にさせてしまうからです。なお、線路は左側の雑木に沿って敷かれていたようです。 095
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葛袋3号橋東詰付近の航空写真
↑葛袋 3 号橋東詰付近の航空写真。
マウスカーソルをかざすと、1980 年の写真に切り替わります。
関越道の車線が増えていますね。



096  雨かと思ったら雪で、見る間に強くなってきました、写真ではあまり分かりませんが、強風で吹雪になってしまいました。カメラが濡れて壊れると困るので、しばらく橋の下で待機することにしました。寒すぎて休憩の気分ではありません。
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↑【動画】雪の中で撮った動画。濡らすのが嫌だったので短いです (6.5MB)。



 「このまま強行してカメラが壊れては困るし、今日はこれで撤収しようかなあ」などと考えながら、煙草を 2 本立て続けに吸っているうちに、雪が弱くなってきました。これなら探訪を続けられそうなので、資材置き場を迂回してその先にやってきました。大晦日ということもあって、気持ちがブルーになりつつあります。この写真は資材置き場の東側 (高坂寄り) から高本方向に振り返って撮影しました。細村建設という会社が使っているようですが、この路線の廃線跡が他用途に転換されているのはここだけです。 097
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098  上の写真と同じ地点で、高坂方向を撮影。雪がほとんど止んだので、このまま歩き続けます。民家が現れたのに却って淋しい気分になるのは、大晦日にこんなことをしているからでしょうか。
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 この辺の雰囲気は、同じ太平洋セメントが所有する、東武鉄道西大谷構外側線の廃線跡と似ています。この辺りには子供が少ないのか、おもちゃが落ちていたりはしませんでしたが。 099
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100  あとは住宅地を進むだけのようで、また飽きてきました。この辺りは悪戸 (あくど) という集落だそうです。神戸~葛袋~悪戸と、何か意味のありそうな地名なのが興味深いですね (とタクシーの運転手が言っていました)。機会があったら由来を調べてみたいと思います。
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 ここはかつて踏切だったようです。交差する道路が完全にフラットなので、そういう雰囲気ではありません。 101
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102  トラ塗りの防護柵が並んでいました。塗り直されてはいないようです。
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 ここには信号施設があったようです。防護柵が並んでいるのはこのためでしょう。 103
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104  踏切を過ぎて先に進みます。
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 ここは現役時代も踏切だったようですが、航空写真では自動車は通れないように見えます。 105
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106  その先は右カーブしながら下り勾配になりました。葛袋 3 号橋が大きな区切りだったためか、その先は長く感じます。もう 15 時を過ぎたので、少し急がないと、もっと寒くなってくるし、暗くなって撮影しにくくなります。
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 切り通しがだんだん深くなってきました。先に何かありそうな雰囲気なので、こういうのは割と好きです。 107
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108  左側から道路が近づいてきました。
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 まだまだカーブします。カントがついているような気がしますが、たぶん気のせいだと思います。 109
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110  坂を下りて道路と同じ高さになりました。こういう場所は夏場の方がいい雰囲気かも知れません。
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 隣の道路は埼玉県道 344 号線。旧国道 407 号高坂から国道 254 号上唐子を結ぶ約 5km の道路だそうです。実は先ほど高坂から高本までタクシーに乗った時に、この道路を通りました。去年 3 月まで勤めていた仕事で、何度かこの道路を運転したこともあります。交通量は割と多いです。 111
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112  上の写真とほぼ同じ地点で、高本方向に振り返って撮影。車のまま日陰に入れそうなので、営業をサボるのにいい場所かも知れません。
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 さらに高坂に向けて歩くと、100m ほど先にまた踏切跡がありました。 113
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114  踏切を過ぎて、高本方向に振り返って撮影。左側の構造物は信号関係だと思います。先ほども似たような遺構があったので、この区間に交換施設でもあったのかと思いましたが、航空写真を見る限りでは、それらしい施設はなさそうです。
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 踏切跡を過ぎて歩き続けます。路盤は意外なほど雑草が生えていて、芝生のようでいい感じです。暖かくてベンチがあれば休憩したいところです。 115
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116  玉石の擁壁に朽ちかけた枕木が立てかけてありました。この路線で枕木を見たのはここだけでした。もっとも、ここで使われていたものとは限りませんが。
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 廃線跡が県道と寄り添っていたのはわずかの区間で、再び雑木林の中に入って行きます。 117
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118  玉石の擁壁は風情があって好きです。
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 廃線跡は築堤となって軽く右カーブしています。これを抜ければ東武東上線が見えてくると思います。 119
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120  路盤の脇に立っていた標柱。たぶん「満」と書いてあるのだと思いますが、調べても意味が分かりません。近くに疎水があるようなので、暗渠でも埋まっているのかも知れません。
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 最後の雑木林を抜けたようです。ここから先は高坂の市街地に入っていきます。 121
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122  上の写真とほぼ同じ地点で、高本方向に振り返って撮影。緩い S 字カーブを描いているのが分かります。S 字カーブって好きです。
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 廃線跡は右カーブを保ったまま、高坂駅構内へと進んでいきます。東武東上線の架線柱が見えてきました。 123
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124  踏切跡の先は比較的厳重にフェンスが張ってあります。ただ、さらにこの左側には東武鉄道の鉄道柵もあって、ここと所有者が違うことを物語っています。駅に向かって下り勾配が始まりました。
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 高坂駅が見えてきました。15 時半近くなって、空が暗くなってきています。下り勾配はまだ続きます。 125
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126  この先、左側から鉄道柵が寄ってきます。
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 軽い盛土を半分に分けるようにして、東武鉄道の鉄道柵が立てられています。この部分は太平洋セメントと半分こしたということでしょうか。東上線の架線柱は複線分しかなく、廃線跡には何も残っていません。もうすぐ行き止まりなので、少し戻って右側の道路を歩くことにしました。 127
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128  道路に出てフェンス越しに撮影しました。踏切の先に真新しい PC 枕木の線路がありますが、高坂構外側線はここに接続していたと思われます。
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 かつて高坂構外側線が分岐していたであろう場所。さすがに痕跡はありません。 129
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130  出発から 3 時間 10 分かかって、ようやく高坂駅西口に到着しました。晴れの予報だったのに、途中で吹雪になったりしましたが、割と面白い探訪でした。ただ、大晦日にこういうことをするのは、もうやめようと思いました。激藪を通ってきたので、ズボンもジャンパーもかなり汚れてしまいました。靴はもともとだいぶくたびれていましたが、今回でとどめを刺してしまったので、これをもってお役ご免となりました。
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 最後の写真は高坂駅の駅舎から。高本方向に振り返って撮影しています。さっきの吹雪が嘘のように、青空がのぞいているのでした。 131
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 今回の探訪は、藪がひどいことだけは分かっていましたが、事前調査一切なしで行きました。帰ってきてからの調査でも、ネット上には現役時代の写真が皆無で、沿革についても 1984 年 8 月廃止ということくらいしか書かれていません。
 今後の調査としては、鉄道趣味誌はもちろんですが、東松山市の都市計画だとか、太平洋セメントや秩父鉱業の社史をあたることが考えられます。国立公文書館で鉄道の許認可関係を調べるのも有効だと思います。汽車会社製の古いプレートガーダー橋のほかには、これといった土木遺産もない地味な路線なので、それ以上詳しく調べるのは無理かも知れません。足を使う覚悟があるのなら、古い航空写真を見て、今でも残っている民家を訪ねて歩くというのも面白いですが、私は 40 才を過ぎたので、そういうのはもういいです。
 鉄道用地の有効利用については、色々な案があるのでしょうが、あちこち旅をして地方の凋落ぶりを見ているだけに、「何をしたって無理」という気持ちが先に立って、考える気になりません。とは言っても、それでは面白くないので、少しだけ。
 自治体が喜びそうなのは、この廃線跡を利用し、さらに新線を建設して、高坂~越生を鉄道で結ぶことでしょう。特に鉄道のない鳩山町は泣いて喜ぶと思いますが、利用者は見込めず大赤字を垂れ流すことに・・・。周辺にはゴルフ場がたくさんありますが、今どき電車でゴルフに行く人は少ないので、この方面の利用は期待できません。どれか一つを潰して大規模な自然公園にするとか、そもそもゴルフというスポーツが、もっと気軽に老若男女が楽しめるようになれば、少しは変わるのかも知れません。
 現実的にはやはり道路転用なのでしょうね。

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のちに判明したこと紹介


─ その 1 「高本駅→秩父鉱業採石場手前」 ─
─ その 2 「秩父鉱業採石場手前→葛袋 3 号橋西詰」 ─
─ その 3 「葛袋 3 号橋東詰→高坂駅」 ─


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