線路を歩こう。

東武鉄道高坂構外側線
(秩父鉱業専用線・日本セメント東松山専用線)

 


 2009 年 6 月に東武鉄道西大家構外側線を探訪しましたが、今回紹介するのはその姉妹線とも言える路線です。一部区間の藪があまりにもひどくて、夏場はとても歩けないという事前情報を得ていたので、雑草が完全に枯れる冬を待って探訪しました。
 さて、関越自動車道の高坂 SA 付近に、得体の知れないコンクリート橋が架かっているのを見たことがある方は多いと思います。堀割になった高速道路には多くの橋が架かっているので、運転しながらだと見過ごしがちですが、この橋には架線柱が立っているので目立ちます。地図を見ても付近に鉄道路線はないし、「一体あの橋は何だろう」と不思議に思われた経験があるかも知れません。今回歩いたのは、この橋を挟んで東西を結んでいた延長 5.5km の廃線です。
 「線路を歩こう。」の第 6 弾は、東武鉄道高坂構外側線です。

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 この路線は東武東上線高坂~高本を結んでいた貨物線で、正式名称は東武鉄道高坂構外側線といいますが、ほかにも様々な名称で呼ばれているようです。

 もともとは、秩父鉱業株式会社が所有する鉄道で、東松山市葛袋から産出するセメント原料を輸送するため、1955 年に開通しました。秩父鉱業は太平洋セメント (旧日本セメント) のグループ会社で、現在もいくつかの鉱業所が比企丘陵に散在しています。のちにこの路線は日本セメントに移管されましたが、秩父鉱業の社史が入手できないため、その時期や経緯は今のところ不明です。

葛袋駅付近の航空写真1964年 探訪中や帰宅後の調査で一つ気づいたのは、この路線は高坂~高本が一度に開通したのではないらしいということです。探訪は高本から開始したのですが、最初のうち、切り通しの擁壁はコンクリート打ちでした。ところが、歩いて行くうちに、いつの間にか玉石積みに変わっていたのです。同一時期に建設したにしては仕様が違いすぎるので、ちょっと不自然に感じていました。
 帰宅後の調査で古い航空写真を見たところ、1964 年以前の写真には葛袋~高本の線路がなかったので、この区間は 1964 年以降 (線路が確認できる 1970 年までの間) に延長されたという結論に至りました。右の写真は 1964 年に撮影された、葛袋駅付近の航空写真です。マウスカーソルをかざすと路線が表示されます。
 鉄道の所有者が秩父鉱業から日本セメントに移管されたのは、恐らく葛袋~高本の延長時ではないかと思います。高本にあった鉱業所は日本セメント直営だったので、そう考えるのが自然です。また日本セメントは、自社の専用鉄道を電化することに積極的だったようなので、もしかしたら電化されたのも同じ時期かも知れません。
 なお、列車の運転については、開業時から東武鉄道に委託する形を取っていたようです。用地については、廃線となった現在も太平洋セメントが所有しており。扇マークの境界標が残されています。一部の土地には仮登記の権利者なども存在するようです。


日本セメント東松山専用線路線図
↑今回の探訪区間。画像をクリックすると拡大表示します (317KB)。


 この路線が廃止されたのは 1984 年 8 月 1 日だそうですが、その時まで列車が運転されていたかどうかは疑問です。というのも、探訪に行く時に乗ったタクシーの運転手が、「関越道に架かっている橋は、結局一度も列車が通らなかったんだよ。せっかく作ったのに勿体ないね」というような話をしていたからです。
 のちに本文で紹介するこの橋は「葛袋 3 号橋」といって、銘板によれば 1974 年 12 月に完成したことになっています。関越自動車道の川越 IC ~東松山 IC が開通したのは 1975 年 8 月なので、この橋もそれに伴って建造されたものだと思います。タクシーの運転手の話が正しければ、1975 年以降 (あるいは架橋工事が始まった時点で)、すでにこの路線を走る列車はなく、事実上休止状態だったことになります。
 確かに、1984 年の廃止直前まで列車が走っていたなら、ある程度写真が残っていても良さそうなものですが、ネット上を探しても現役時代の写真は見あたりません。一体いつまで列車が走っていたのか、機会があれば調べてみたいと思います。

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 最後に、駅についてです。
 高本も葛袋もセメント原料を産出する鉱業所で、高本は日本セメント高本採石場、葛袋は秩父鉱業東松山採石場の拠点駅です。このうち高本採石場は 1993 年に清澄ゴルフ倶楽部というゴルフ場に衣替えしていて、現役時代の名残はほとんど残っていません。ゴルフ場の運営は太平洋セメントの関連会社が行っています。東松山採石場の方は現在も施設が残っていますが、操業を停止したまま放置されているようです。跡地に工業団地造成の話もあるようですが、この景気では当分先の話でしょう。

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 今回は 2009 年 12 月 31 日、大晦日の探訪でした。1 月 2 日に出かける予定だったのですが、天気が良かったので、予定を早めて行ってきました。途中でいきなり吹雪になったりして大変でしたが、時期が時期だけに人に出会うこともなく、気持ち的には穏やかな探訪でした。実歩行距離は約 6.0km でした。
 本文のサムネイルをクリックすると、Lightbox で大きな画像を表示します。コメントの最後にある [MAP] をクリックすると、撮影地点の地図を表示しますが、これはオンタイムで情報が更新されるものなので、探索時とは異なっている場合があります。動画もありますので、最新のブラウザでご覧ください。再生には約 2Mbps 以上の転送速度が必要です。

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■□■ 参考文献 ■□■
日本鉄道旅行地図帳 3 号 (関東 1)


その 1 「高本駅→秩父鉱業採石場手前」

高本駅跡→秩父鉱業採石場手前
↑青線が探訪区間。赤線は立入禁止区間。


 今回の探訪は、撮影時の日差しの関係で、終点の高本駅跡から高坂駅に向かって歩くことにしました。ここは清澄ゴルフ倶楽部の管理門で、立ち入ることはできません。ここまでのアクセスは、高坂駅西口から東松山市市内循環バス「唐子コース」というのに乗れば、約 10 分 (100 円) で来られるので便利ですが、年末年始は運休のため、今日はタクシーを利用しました。
 かつての線路は写真中央の樹木のあたりを通っていたようです。
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002  清澄ゴルフ倶楽部の看板。ここの事業主体は今でも太平洋セメントです。粘土を掘り尽くしたあとは、このようにゴルフ場にしてしまうのだから、まさに一石二鳥の経営です。しかも高級法人専用ということで、入会金と預託金合わせて何と 5,000 万円! いずれ秩父の武甲山も平らになるまで掘り尽くされて、ゴルフ場になってしまうのかも知れません。
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 線路は右側の管理事務所のあたりを通り、奥のガレージを超えて、さらに 200m ほど先にある池の縁まで直線に伸びていました。駅構内は 2 条の線路があったようです。 003
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高本駅付近の航空写真
↑高本駅付近の航空写真。マウスカーソルをかざすと、1980 年の写真に切り替わります。
微妙に角度が違うのはご勘弁ください。



004  それでは探訪を開始します。今までの写真はすべて西向きでしたが、高坂を目指して東に向かって歩き始めます。この部分はまだかつての高本駅構内で、2 条の線路が敷いてあったようです。
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 この辺りに分岐器があったようで、道幅も狭まります。逆光を嫌って東向きに歩いたのですが、コントラストが高くて、どちらにしても撮影しづらい日でした。 005
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006  少し進んで高本方面に振り返って撮影。ここで線路が分岐していたと言われれば、ああなるほどねと思えるような地形です。ただ、鉄道遺構はまったく見つかりません。
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 同じ地点で高坂方向に向かうと交差点があります。かつては踏切だった場所です。交差する道路を右に行くと、高本山峠を経て高坂の岩殿観音に出られるそうです。高本山峠の道は猫の背の形に似ているので、別名「猫坂」と呼ばれているそうです。廃線跡は正面の柵の先へと続きます。 007
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008  交差する道路を渡り、樹木の切れ目から北西に向けて撮影。とてものどかなところです。田んぼの左側は神戸 (ごうど) という古い集落です。
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 踏切跡の反対側に回って、高本方向に振り返って撮影。コンクリート製の基礎がわずかに残っています。 009
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010  それでは改めて高坂に向けて出発します。
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 たまに人や車が通るのか、路盤は踏み固まった感じで歩きやすいです。落ち葉が積もっていて見えにくいですが、バラストも少し残っていました。太平洋セメントは、所有する廃線跡の手入れをしているらしく、これなら子供連れでも気軽に歩くことができそうに見えます。ただし、あくまでもそう見えるだけで、特に夏場は決してお勧めしません。理由は後述します。 011
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012  沿線には墓地がとても多いので、散歩と言ってもちょっと辛気臭いかも知れません。途中にはトイレはもちろん座れる場所もありません。
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 総リベット止めの古めかしい鉄橋がありました。年代もののようなので、銘板を探してみることにしました。 013
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014  築堤の山側には椎茸のほだ木が並んでいました。大井川鐵道井川線の探訪を思い出します。
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 橋の横から狙ってみましたが、光線状態が悪くてきれいに撮れません。HDR 撮影すればいいのでしょうが、三脚なんぞ持ってきていません。 015
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016  銘板を探すために築堤から下ります。送水管の上には東松山市高本山配水場があります。
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 谷側に回り込んで橋梁全体を撮影。分類上はプレートガーダー橋だと思いますが、主桁が 4 本になっていて、レール 1 本につき 2 本の主桁で荷重を受けているようです。 017
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018  銘板がありました。1923 年汽車会社製というから、もう 87 年も前の製品です。当然この路線はそんなに昔にはなかったので、どこからか移設したことになります。今後またどこかで使われる日が来るのでしょうか。橋梁名は書かれていなかったので分かりませんでした。
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 鉄橋の先にはコンクリート製の架線柱が打ち捨てられていました。 019
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020  再び高坂方面に向けて歩き始めます。この先にも橋梁があるようです。
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 この橋梁の下は道路になっていて、谷側 (写真左側) が集落、山側は墓地だったと思います。コンクリートの単純桁橋だと思いますが、洞門かも知れません。銘板を探そうと思いましたが、かなり高い橋だったので、下りるのが面倒でやめました。この路線に橋梁と呼べる構造物は 3 つしかなく、一つは先ほどの古いプレートガーダー橋、もう一つがここ、最後が関越道に架かる葛袋 3 号橋です。普通に考えれば、なぜ 1 箇所だけ古いプレートガーダー橋なのか不思議ですが、単に手持ちの橋があったからという理由だと思います。関越道に架けるにはスパンが長すぎるし、この場所は少し短くて勿体ないので、先ほどの場所に落ち着いたのだと思います。 021
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022  コンクリート橋をやり過ごして先に進みます。廃線跡は高本山の裾を通っていますが、実は山というより丘のようなもので、しかも山頂付近はゴルフ場になっています。高本山の標高は恐らく 112.5m だと思います。
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 山側はコンクリート製の高い擁壁です。その下には架線柱の土台が残っていました。 023
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024  廃線跡は緩い S 字カーブを描いて南東に向かっています。せっかくいい天気なのに、暗い写真ばかりなのが残念。
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 植わっている木からして、谷側の土地は私有地のようです。この廃線跡は藪がひどいらしいと聞いて真冬に来たわけですが、それでもまだ緑色の雑草が残っています。もっとも我が家のプランターのエノコログサ (ねこじゃらし) もまだ緑なので、本当に寒くなる 2 月ぐらいまでは枯れないのでしょう。ちなみに今日はモモヒキに長袖シャツと完全防備ですが、今のところ天気が良くて少し暑いくらいです。ただ、あと 2 ~ 3 時間もして日が傾いてくると、急激に寒くなってくるので、そのための厚着です。 025
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026  林の中を緩いカーブを描きながら廃線跡は続きます。少し単調で飽きてきました。ちなみに今回の区間に隧道はありません。だからなおさらテンションが下がっています。
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 地主が置いたと思われる看板。左側の隠れている部分は「近寄るな!」と書かれています。「そりゃハチは大変だよなあ」と呑気に考えていましたが、このあと洒落にならないことが分かりました。 027
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028  谷側が竹藪になりました。谷側は線路端までこんな感じだし、山側は急斜面なので、とにかく日当たりが悪いです。といって空はドピーカンだし、撮影しにくくて困ってしまいます。日陰でも ISO200 までで我慢しましたが、手ぶれが怖くて同じ写真を何枚も撮影しました。
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 少しでも日当たりの良い場所では、こうして雑草が頑張っています。 029
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030  竹藪を抜けると、扇マークの境界標を見つけました。今でも廃線跡は太平洋セメントの所有です。草刈りなどの手入れを欠かしていないことは分かりますが、使ったあとは放ったらかしという姿勢は、もはや時代に合わなくなってきていると思います。今は不景気なのでそんな余力はないでしょうが、いずれこういう施設は、使用後は原状に復することが風潮になって行くのではないでしょうか。
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 扇マークの地点から高本方向に振り返って撮影。 031
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032  同じ地点で高坂方向に向けて撮影。また竹藪・・・。
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 その竹藪を抜けると、立派な築堤が見えてきました。いい景色が見られそうな予感。 033
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034  この路線には、山に分け入る獣道のようなものがいくつもあります。どの道も、この写真のように左側の里から登ってきて、線路を跨いで山に入るというパターンです。この上にあるのはゴルフ上ぐらいで、ほかに施設らしきものはなさそうなので、どこに向かうのか謎です。高級な山菜とか生えているのかな。
[13:10] [MAP]

 立派な築堤が現れました。休憩するならここでしょうが、風が強くなってきていて、こういう開けた場所では寒く感じるようになりました。そういうわけで立ち止まらずに進みます。 035
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↑【動画】大築堤で動画を撮影してみました。風が強いです ( 13MB)。



036  枝葉は枯れても実だけは赤いままのカラスウリ。枯れ野ではとても目立ちます。人間には苦くて食べられないそうです。元来た方を向いて撮影しています。
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 ゴルフボール発見。下の [MAP] から地図を見ると分かりますが、この山の上には高坂カントリークラブがあります。ですが、ここまでボールが飛んでくるあたり、一体どういう人がプレイしていたのか気になります。 037
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038  盛土の谷側に廃レールを使った土留めがありました。廃レールはこの路線のものとは限らないので、廃止後に施工したのか現役時代からあったのかは分かりません。ここだけ法面が緩いのでしょうが、見た感じでは沢があるようにも見えません。
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 上の写真とほぼ同じ地点で、北北西を向いて撮影。田んぼだらけです。田んぼの向こうには都幾川が流れているので、昔から稲作が盛んなのだと思います。 039
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040  築堤が終わる地点で、高本方向に振り返って撮影。轍があるので、時々車が入っているようです。写真右上の茶色の建物は高本配水場です。
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 築堤を過ぎてさらに進みます。冬晴れの日はコントラストが高いです。 041
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042  思いがけず踏切跡がありました。廃止後 25 年以上経っている割にはトラ塗りがきれいです。東武鉄道西大家構外側線を探訪した時にも感じましたが、太平洋セメントでは、廃線跡の手入れとして、こういう場所の塗装などもしているのかも知れません。地図によれば、交差する道を上ると高坂カントリークラブを縦断して山向こうに出られるようですが、轍を見る限りそういう車は皆無のようです。もし通れるとしてもかなり度胸がいりそうです。踏切名称は書かれていなくて分かりませんでした。
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 元来た方を向いて踏切跡をもう一枚。手前の土台が警報機だと思います。通信ケーブルの穴も見えます。道路の向こう側にも土台があるので、遮断機もついていたのでしょう。貨物線のくせに豪華設備ですが、坂道発進を嫌がって、突破しようとする車があったのかも知れません。 043
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044  踏切を過ぎるとコンクリート製の洞門が見えてきました。いわゆるプレキャスト洞門というやつだと思います。上には道路が通っていて、山側で踏切の道と合流します。もしかしたら先ほど渡ったコンクリート橋も、これと同じ工法だったのかも知れません。となるとあれは橋梁ではありませんね。少し遠くて分かりにくいですが、天井には架線や通信線を留める部材が残っています。
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 洞門の手前にも扇マーク。 045
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046  先ほどのハチの看板では「ふーん」という感じでしたが、洞門に入ったら巨大なスズメバチの巣が・・・。真冬だから良かったものの 、夏だったら大変なことになっていたかも知れません。野生動物で最も危険なのはスズメバチだそうです。先ほど夏場の散歩はお勧めできないと書いたのは、これが理由です。下手すれば死にます。
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 洞門は短くて、長さは 10m あまりです。しかしその先には土砂が被さって、路盤がなくなっていました。 047
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048  これはどうにもなりません。藪を漕いで行こうと思えば行けますが、そうするより高い所から眺めた方が良さそうなので、高巻きして迂回することにしました。本来の線路は、この洞門を出たあと軽く左に屈曲して、あとは葛袋駅の手前まで一直線のはずです。
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洞門~葛袋駅付近の航空写真
↑洞門~葛袋駅付近の 1980 年の航空写真。


─ その 1 「高本駅→秩父鉱業採石場手前」 ─
─ その 2 「秩父鉱業採石場手前→葛袋 3 号橋西詰」 ─
─ その 3 「葛袋 3 号橋東詰→高坂駅」 ─


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