芸備線・急行「みよし」乗車記録 (その 1)

 2007 年 4 月 5 日 (木) ~ 8 日 (日)、青春 18 きっぷを利用して、芸備線の急行「みよし」に乗ってきたので、画像や動画なども使って紹介してみる。偶然にもこの旅行の約 1 ヶ月後の 5 月 9 日に、「みよし」が 6 月いっぱいで廃止されることが発表された。旅行の時は廃止がそう遠くないこととは予想していたが、まさかこんなに早いとは思っていなかった。「みよし」が廃止になることで、全国に残る定期急行列車はたったの 5 本、そのうち昼行は岡山~津山を結ぶ「つやま」だけになってしまう。この記録は、あとで自分で読み返しても貴重で懐かしいものになるだろう。


 10 代~ 20 代にかけて日本全国各地を旅してはいたが、中国地方が目的地だったことも、そこに滞在したことも今までほとんどなく、特に陰陽連絡線は接続を取るのが難しいなどで限られた日程を消費してしまうので、唯一乗ったことがあるのは 1987 年ごろに津山線~因美線で岡山から鳥取に抜けた時だけだ。途中の津山で 1 泊したが、穏やかで風光明媚なとてもいいところだった記憶がある。
 あれから 20 年が経ち、結婚して年も取って、時間やお金が限られている中で、何かこれといった目的がないとなかなか行く気にならない場所になってしまった。にもかかわらず今回その気になったのは、全国的に急行列車が削減されていく中で、芸備線の広島~三次 (~備後落合) を結ぶ急行「みよし」が本来の急行型車輌で運転されている唯一の列車になり、またキハ 58 とキハ 28 という編成は、気動車好きの私にとってとても魅力的だったからだ。これらの車輌はすでに製造から 40 年以上が経ち、とっくに耐用年数を超えているので、いつ廃止されてもおかしくない状態である。したがって「乗れるうちに乗っておかなければ」という焦りもあった。
 旅行日程は次のように絞り込んで決めた。まずは、車内の走行音を録音したかったので、ノイズの原因になる冷房が使われない時期で、かつ車窓を開けても顰蹙を買わない季節となると春か秋ということになる。最近の JR はちょっと暑いとすぐに冷房をつけるので、春なら早めで秋なら遅めになるだろう。また、最近色々な所に出かけてばかりいたので予算が乏しく、できれば青春 18 きっぷを使いたい。そうなるとこの切符は秋には発売していないから春しかないことになる。
 青春 18 きっぷの有効期間内は、この切符を利用する旅行者が全国的に増えるが、特に混雑するのは東海道~山陽本線の列車で、その代表格が快速「ムーンライトながら」である。学生の春休みを避けられればいいのだが、春の青春 18 きっぷの有効期間は 3 月 1 日~ 4 月 10 日で、もろにかぶっている。しかし、新学期直前なら多少マシだろうという希望的観測で、日程を 4 月 4 日~ 4 月 10 日の 1 週間に絞り込んだ。
 次の条件は、週末は鉄道ファンで混雑する可能性があるので、「みよし」に乗るのは平日にしたいということだ。一方では会社を休むのは最低限に抑えたいとも思っていたので、週末を移動日にしなければならない。ここまで条件を並べると、4 月 5 日~ 8 日しかないことになってしまった。
 こうして旅行日程を決めたわけだが、この春は JR 発足 20 周年ということで、青春 18 きっぷが割り引かれており、いつもなら 5 日分 11,500 円なのが 8,000 円ということで、少し得した気分になれた。また、芸備線の備後西城~備後落合は、2006 年 7 月の大雨で大規模な土砂崩れのため長いこと運休していたのだが、ようやく復旧工事が終わり 4 月 1 日から運転を再開することになっていた。このことは日程を決めてから知ったのだが、運の良い偶然だった。
 具体的な旅程は下記の通り。

日付 発着駅 時刻 種別 列車名 列車番号 列車行先 備考
4 月 5 日 (木) 国分寺 22:05 快速   2152T 東京  
東京 22:47    
東京 23:10 快速 ムーンライト「ながら」 391M 大垣  
4 月 6 日 (金) 大垣 6:55  〃  
大垣 7:31 普通   209F 米原  
米原 8:07    
米原 8:20 新快速   3427M 姫路  
姫路 10:48    
姫路 11:36 普通   959M 播州赤穂  
播州赤穂 12:07    
播州赤穂 12:39 普通   1917M 備中高梁  
岡山 13:58    
岡山 14:14 快速 シティライナー 5365M 下関  
三原 15:48  〃  
三原 15:55 新幹線 こだま 661 号 661A 博多  
広島 16:26  〃  
広島 17:07 急行 みよし 6 号 816D 備後落合 三次~備後落合間普通
備後落合 20:03 普通   1826D  〃
4 月 7 日 (土) 備後落合 6:55 普通   1821D 広島 三次~広島間急行
広島 9:25 急行 みよし 1 号 811D  〃
広島 9:53 快速 シティライナー 5340M 岡山  
岡山 12:38  〃  
岡山 12:53 普通   1918M 播州赤穂  
播州赤穂 14:08    
播州赤穂 14:10 新快速   3268M 野洲  
野洲 16:40    
野洲 16:59 普通   788T 米原  
米原 17:34    
米原 18:06 新幹線 こだま 548 号 548A 東京  
名古屋 18:31  〃  
名古屋 23:55 快速 ムーンライトながら 390M 東京  
4 月 8 日 (日) 東京 5:05  〃  
東京 5:18 快速   543T 高尾  
国分寺 6:08    

 行きも帰りも一度ずつ新幹線を利用しているが、行きは姫路駅で名物のえきそばをちんたら食べていたら、乗り継ぎの 11:06 発 3429M に遅れてしまったからである。もしこれに乗れていれば広島には 15:56 に着いていたはずだ。仕方がないのでとりあえず次の 11:36 発 959M に乗って赤穂線を経由したわけだが、そのまま普通列車に乗り続けると、広島に着くのは 1 時間遅れの 16:56 になってしまう。これでは「みよし」の発車まで約 10 分しかない。
 広島で「みよし」に乗り換える時間は最低でも 30 分は欲しかった。お金をおろしたり、車内や宿で飲み食いする酒や食料を調達したかったし、車輌の写真も撮っておきたい。どの程度混むか見当がつかないので、早めに行って並んでおくなどもしたい。そういうわけで、広島で 30 分以上時間が取れて、かつ最低限の乗車区間で済むように、姫路や岡山ではなく三原から新幹線に乗り換えて遅れを取り戻したということだ。
 帰りの新幹線利用は、米原から乗る予定だった豊橋行きの特快 (5126F) が大変な混雑でイヤになったからというだけの理由だ。今回の旅行で座れなかったのは、行きの米原~大阪だけだった。
 また東京行きの「ムーンライトながら」に乗るまでの名古屋の滞在時間が長いが、これは弥富に住む弟の家に寄ったからである。計画では帰りの広島で滞在時間を長く取って、原爆ドームなどを見て回るつもりだったが、出発直前に弟からインターネットに繋がらないという電話があったので、訪問して見てやることにした。


 備後落合はかつて陰陽連絡の乗り換え客などで賑わっていたそうだが、現在の凋落ぶりは目を覆うばかりで、当然ながら無人駅で列車本数も非常に少ない。どのくらい昔と違っているのかと思い、手元にある古い時刻表 (1972 年 6 月号) で、備後落合駅を通る旅客列車を調べてみた。

1972 年 6 月 2006 年 6 月
新見・木次方面 広島方面 新見・木次方面 広島方面
0    0   0    0  
1 08ち51◆, 45ち3鳥 1   1    1  
2    2 26ち3 2    2  
3    3   3    3  
4    4   4    4  
5 37  5 31 5   5 47
6 27 6 39 6 49 6 55み1
7 37  7 40た1 7    7  
8 35 8   8    8  
9 56  9 46 9 30宍● 9 14
10 43ち1米, 45や津 10   10    10  
11 46 11   11   11 47三●
12 31  12 33 12 29木◆ 12  
13   13 23や・ち1 13   13 59三●
14 09, 58ち2米 14 56  14 00, 10横● 14  
15 03た1, 28 15 48 15    15  
16   16 16ち2 16   16 36
17 16, 22 17 15  17 50 17  
18 40 18 42ち51◆ 18    18  
19 26た2 19   19   19 33
20    20 05  20 06  20  
21 16  21   21    21  
22    22   22    22  
23    23   23    23  
  • 無印(上り):新見行き  無印(下り):広島行き  鳥:鳥取行き  宍:宍道行き  松:松江行き  米:米子行き  津:津山行き  木:木次行き  横:出雲横田行き  三:三次行き
  • ち:急行「ちどり」  や:急行「やまのゆ」  た:急行「たいしゃく」  み:三次~広島間急行「みよし」  数字:号
  • ◆:臨時列車  ●:毎月1回運休

 このように、この 35 年ほどの間に夜行列車や優等列車がなくなったり、日中の列車もかなり間引かれていることが分かる。他線区にまたがるような中・長距離の列車もなくなったし、列車の分割・併合も行われなくなった。上の表では分からないが、現在は芸備線の列車は備後落合で運転系統が分けられており、この駅をまたいで走る列車もない。
 こんな状態でもあり、現在の備後落合駅 (広島県庄原市西城町付近) やその周辺は私の想像以上に寂れているようだった。旅先で車窓を眺めていると分かるが、最近の地方山村の寂れ方は尋常ではなく、道路があっても車は猛スピードで通過するばかりで地元の商売には繋がらず、歩道には人っ子一人猫一匹歩いていない。たまに見かけたとしても野良仕事の年寄りばかりだ。備後落合もその例外ではないようで、事前に宿泊施設を調べてみたが、駅付近の旅館はすべて店を畳んでしまっていて、最も近いのは 2 つ隣の備後西城駅だった。こちらもなかなか電話が繋がらず、何とか予約はできたものの食事は自分で用意するようにとのことで、広島駅での乗り換えに最低 30 分は確保したいと思ったのはそのためだ。
 このほか、20:03 に備後落合に着いても、宿泊先の備後西城に戻る列車はもうないので、タクシーが必要だった。終点まで乗らずに素直に備後西城で降りれば済む話だが、わざわざ乗るのが目的で東京から行くのに、2 駅だけ残して帰ってくるのはの大変惜しい。翌朝も同様で、6:55 発の列車に乗るために備後落合まで行く足がないので、やはりタクシーが必要だった。このような土地では 1 日数本しかないような鉄道よりも、呼べばすぐ来るタクシーの方がよほどあてにされているらしく、こちらは宿ほど苦労せずに予約することができた。きっとそれなりに繁盛しているのだろう。

(次回に続く)



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