国民のための管楽器図鑑

 このコーナーでは、いわゆるオーケストラ楽器と呼ばれるもののうち、主に管楽器についての解説をしています。毎回一つの楽器に絞って、その特徴や演奏に関するエピソードなどを紹介したいと思っています。音楽に詳しくない方にもなるべく分りやすいように、専門用語には用語解説のリンクを設けましたので、そちらを参考になさってください (別ウインドウまたは別タブで開きます)。今月は「トロンボーン」です。
 音名表記はすべてドイツ音名です。


トロンボーン
英仏伊 trombone / Posaune / 长号

トロンボーン

B の楽器 / へ音記号またはハ音 (テノール) 記号 / 実音で記譜

材質 真鍮製にラッカーを塗布したり、金や銀、ニッケルメッキを施したものなどがある。
お値段 8 ~ 50 万円くらい。
専門的呼び名 ボーン。トロ。ボントロ。ポザン。

 トロンボーンは現代の管楽器の中で唯一、バルブ装置や音孔を持たない無弁の金管楽器である (バルブ装置を備えるものもあるが、これについては後述する)。無弁ではあるが、U 字型の抜差管 (スライド) を伸縮させることで、幅広い音域を自由に奏することができる。運指はごく単純で、スライドの伸ばし具合によって 7 つのポジションに分かれている。すなわちスライドを引っ込めた状態が第 1 ポジション、伸ばし切った状態が第 7 ポジションで、ポジションが 1 つ下がる (管長が増す) ごとに倍音列全体の音程が半音下がる。この 7 つのポジションによって第 2 倍音列の音程をカバーしているので、それより狭い第 3 倍音列以上については替ポジションが生じる。第 1 倍音列は、テナートロンボーンとテナーバストロンボーンとでは奏することのできる音が異なる。どちらの楽器も基音の B は出せるが、テナーはその半音上の H から Es までの 5 つの音は出すことができない。しかし本体に F 管の迂回管を備えたテナーバスの場合は、F 管に切り替えることで第 1 倍音の音階を奏することができる。この場合、 H 音だけは出せないが、F 管の抜差管を所定の位置まで引き抜けば、E 管として使えるので、H 音も出せるようにはなる。ただしこの方法は一度楽器を下ろして抜差管を操作しなければならないので、実用的とは言えない。

トロンボーンの音域


 上記の音域はあくまで原則的なもので、楽曲によっては更に数音上の音を要求されることがある。高音域で加線が多くなる場合は、ハ音 (テノール) 記号に切り替えて記譜することもある。注意しなければならないのは記譜法で、他の多くの移調楽器は記音で表記するが、トロンボーンなどいくつかの低音金管楽器は、移調楽器であるにもかかわらず、実音で記譜することになっている。
 また、トロンボーンは半管楽器なので、基音の B は理論上は出ないことになってはいるが、奏者の技術的向上と、近代トロンボーンの管の内径が増したことによって、現在ではそれ以下の音でさえ頻繁に要求される。基音以下のこれらの音はペダルトーンと呼ぶ。

ペダルトーン


マウスピース トロンボーンの管体は、マウスピース、スライドおよび本体の 3 つに分かれており、さらに朝顔の部分が取り外しできるベルカットと呼ばれる楽器もある。マウスピース (写真右) はトランペットやホルンのものに比べると大型で、カップの直径が 25 ~ 27mm 程度のものが標準的に用いられている。
 トロンボーンはトランペットとともに大変古い歴史を持つ楽器で、その原形は 16 世紀にはサックバット (写真下) として見ることができる。これはいわゆる「音楽家のトランペット」と呼ばれた長管の無弁トランペットを改良し、U 字型のスライドを装備して音階を自由に奏することのできるものであった。楽器自体はこのころ既に現在とほとんど変わらない形状になっており、楽器として完成されていたといっても良い。その後 17 世紀ころにはソプラノからバスまでの四種が、教会音楽の中で合唱とユニゾンで活躍した。17 世紀末には管弦楽にも用いられるようになって、まずソプラノが超絶技巧を誇った当時のトランペット奏者によって駆逐された。18 世紀末には奏者の技術的向上によってテナーの高音域が拡大し、アルトが淘汰された。コントラバスは低音の金管楽器としてごく短い間だけ使われたが、演奏技術の習得が非常に困難で機能性にも優れず、バスチューバに取って代わられた。

古楽器

 トロンボーンはバルブ装置や音孔を持つ他の管楽器と異なり、スライドを用いて音階を奏するため、音程はスライドの動きに合わせて無段階的に変化する。このため、同一倍音内でスラーのかかった音階をスライド操作だけで演奏すると、ポルタメントやグリッサンド (音階を無段階的にすべるように奏すること) がかかってしまう。これを避けるためにトロンボーンでは独自の奏法が用いられる。例えば上の音に向かうスラーではスライドを伸ばす操作を伴う替ポジション、下の音に向かうスラーではスライドを縮める操作を伴う替ポジションを用いるなどである。これらの技法を「ポジション交替」と呼ぶ。このほか、替ポジションの存在しない第 1 または 第 2 倍音内などでのスラーや、替ポジションが存在したとしても音色が優れなかったり、ポジションの移動が大きくて使えない場合などは、スラーがかかっていても軽く舌突きをして演奏する。また、替ポジションは敏速なパッセージで大きなスライド跳躍を避ける場合に用いられることもある。同じ目的で F 管に切り替える場合もある。
 下記にテナーやテナーバスも含めた種々のトロンボーンについて解説したリンクを設けたので参照されたい (同ウインドウ)。

[Soprano Trombone] [Alto Trombone] [Tenor Trombone]
[Tenor-Bass Trombone (Tenor Trombone with F Attachment)]
[Bass Trombone] [Contrabass Trombone] [Valve Trombone]

 トロンボーンは管弦楽吹奏楽ブラスバンドジャズ、ロック、ポピュラーなど、あらゆる編成やジャンルで活躍する。管弦楽の定員は普通 2 ~ 3 人、吹奏楽では 4 ~ 6 人である。どちらも普通は 2 ~ 4 パートに分かれていて、第 3 または第 4 トロンボーンはバストロンボーンを指定されていることもある。プロの楽団の場合は専任のバストロンボーン奏者を雇っているのが普通だが、アマチュアの場合はバスの奏者がいなければテナーバスが低音パートを担当する。バストロンボーンは演奏技術の習得が難しく、また並外れた体力を要求されるため、魅力的な音色の割に専攻する人の数は多くない。テナーについては、管弦楽や吹奏楽では一般に管の内径が太め (13.89 ~ 14.1mm) の楽器が使用されている。ジャズやポピュラーなどでは高音域のコントロールがしやすいように、主として細管 (12.32 ~ 12.7mm) の楽器が用いられている。また、古い管弦楽曲やトロンボーンアンサンブルなどでは、稀にアルトトロンボーンが編成に加わることがあるが、譜面にアルトと指定されていても、奏者の演奏技術によってテナーまたはテナーバスで演奏してしまうことが多い。
 今まで何度も述べたように、トロンボーンはスライドを用いて音階を移動するため、バルブ装置や音孔を持つ他の管楽器のように、速いパッセージを敏速に演奏することは難しい。しかしその機能的制約にもかかわらず、長い歴史の中で淘汰されずに生き残っている最大の理由は、その音色の美しさに尽きる。殊に和声の美しさは管楽器のみならず、他のあらゆる楽器をも凌駕する。和声の美しい楽器は他にサクソフォンなどがあるが、これは高音から低音まで同一の音色で統一することに成功しているからである。トロンボーンの場合、これに加えて長管トランペットの流れを汲む高貴な響きをも兼ね備えており、ルネサンス~バロック期を通じて、その音色を「神の声」と位置づけられる神聖な楽器であった。またトロンボーンは非常にダイナミクスレンジの広い楽器で、強奏では全オーケストラを圧倒するほどである。このため特に他の楽器との音量的なバランスを考慮して演奏する必要がある。


有名トロンボーンメーカー 3 社へのリンク (英語)
<リンク先で各ブランドに分かれている場合があります>

Bach
Shires
Conn


トロンボーン雑記帳

 トロンボーンはあらゆる管楽器の中で最もカッコいい楽器である。カッコいい管楽器というとサクソフォンやトランペットを連想される方も多いだろうが、それは誤りである。なぜトロンボーンがカッコいいかと言えば、それにはちゃんとした理由がある。これからその理由をじっくりと説明する。



 バブルのころ、多くの地方自治体が競うように建設した施設の一つに「音楽ホール」がある。田んぼのまん中に立派な音楽ホールが所在なげに突っ立っているさまは、全国のそこかしこで見ることができる。景気が良かったころはそれなりのプログラムが催されていたのだろうが、今となっては町民の民謡大会や大正琴の発表会などの使い道くらいしかない。それらもいい催しだとは思うが、そのために数億円もの工費をかけて豪華ホールを建設する必要はなかったのである。ただ、私自身はこうしたホールがあって助かっている。中ホールだとたった数千円で借りられたりするので、ホールごと借り切って贅沢な個人練習をしたこともあった。
クール!
カッコいいトロンボーン (イメージ)
 当時は外国の著名な管弦楽団やオペラなどが次々に来日し、魅力的なキャスト、プログラムの公演が目白押しだった。日本にいては一生聴けないような大きな曲を聴く機会に恵まれて、クラシックを演奏する者にとっては天国のような環境だったと言える。ただし入場料は目が飛び出るほど高かった。あまりに高い入場料に涙を呑んだことも多い (例えば指輪)。世はクラシックブームで、アークヒルズのレストランで軽い食事のあと、サントリーホールで有名オケの演奏を観賞して、紀尾井町あたりの高級ホテルにチェックインなどというデートコースがもてはやされたりした。ちなみにこのデートコースは一晩約 20 万円かかる。
 一方、吹奏楽コンクールの出場団体数が単年度で 1 万団体を超えたのも、このころのことである。これは考えてみるとすごいことだ。1 団体の平均団員数が 30 人と仮定しても 30 万人、更に吹奏楽団の大部分を占める中高生は 3 年に一度は全取っかえなのだから、日本の管打楽器経験者は恐らく数百万人はくだらないのではないだろうか。
 なのに、である。バブルのころから現在に至るまで、最も強い影響力を持つメディアであるテレビで、一体どれほどの吹奏楽の番組が組まれただろうか。NHK は言うまでもなく、民放でさえ視聴率が低いにもかかわらずいくつかのクラシック番組 (管弦楽作品などの) が組まれているというのに、吹奏楽に関しては皆無なのである。確かに管弦楽や弦楽合奏の作品には優れたものが多いとは思うが、吹奏楽や管楽合奏にだって優れた曲は山ほどある。そもそも国内にヴァイオリンの経験のある人間がどれだけいるというのだろうか。近所のスーパーで買い物している主婦に聞いてみると良い。「あたし、昔はクラリネットを吹いていたのよ」などという人が必ず一人はいるはずである。ヴァイオリンではこうは行かない。
 このように軽んじられている吹奏楽だが、これには理由があった。一つは、管弦楽に比べると吹奏楽 (現代的な編成の) は歴史が浅く、歴史的名曲や広く認知された曲に乏しいということである。歌劇「ウィリアム・テル」序曲を聴いた記憶はあっても、序曲「春の猟犬」は知らないというのが世間というものである。もう一つの理由は「吹奏楽は動きに乏しい」ということで、これが今回の最も重要なキーワードである。管弦楽の演奏には「聴く」楽しみとともに「見る」刺激がある。速いパッセージで弦楽器の弓が一斉に上下するさまを見ていると、曲の高まりとともにとてもエキサイティングな気持ちになる。私などは「第九」の最後の Prestissimo で弦楽器奏者が鬼のような形相で 8 分音符を弾いている様子を見ていて、感激のあまり涙腺が緩むことすらある。しかし吹奏楽ではこうは行かない。吹奏楽で「第九」を演奏することは滅多にないが、もし同じ箇所を演奏したとしても、遠目には楽器をくわえて座っているだけにしか見えないだろう。実際「第九」の Prestissimo で 8 分音符を刻んでいるのは弦だけではない。実は 900 小節あたりから管楽器も入っているのだ。この部分は本当は弦楽器以上に難しいし (というよりほとんど演奏不能)、指や口元や舌は激しく動いているのだが、アクションがないので見ていてつまらないのである。つまらないとは演奏している人に失礼だが、テレビでクラシックを聴いている人の大部分はそんなものである。そういうわけで、Prestissimo で弦楽器に注目する人は多いが、死にかけているファゴット奏者に気づく人は少ない。
 さて、ここで再びトロンボーンに注目してみよう。
 トロンボーンは管楽器の中で唯一、バルブ装置や音孔を持たず、スライドを伸縮させて音階を奏する。スライド部分の長さは 1m ほどで、音階を奏する場合には、瞬時に移動させなければポルタメントがかかってしまう。速いパッセージでは目にもとまらぬスピードである。壮麗で深遠な音色と相まって、この俊敏で絶妙なスライドワークは、見る人の目を惹きつけてやまない。真摯な表情でスライドを操作する奏者の額には汗。まさに神々しい情景と言えるだろう。
 管楽器で最もカッコいいのはトロンボーンである。

参考文献:新音楽辞典 (音楽之友社) / 新版吹奏楽講座 (同) ほか
※写真はイメージです。実際とは異なる場合があります。
記述:1998 年 9 月



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