国民のための管楽器図鑑

 このコーナーでは、いわゆるオーケストラ楽器と呼ばれるもののうち、主に管楽器についての解説をしています。毎回一つの楽器に絞って、その特徴や演奏に関するエピソードなどを紹介したいと思っています。音楽に詳しくない方にもなるべく分りやすいように、専門用語には用語解説のリンクを設けましたので、そちらを参考になさってください (別ウインドウまたは別タブで開きます)。今月は「ホルン」です。
 音名表記はすべてドイツ音名です。


ホルン
horn / Horn / cor / corno / 圆号

F の楽器
ト音記号またはヘ音記号
実音の完全 5 度上に記譜

材質 真鍮製にラッカーを塗布したり、金や銀、ニッケルメッキを施したものなどがある。
お値段 20 ~ 180 万円くらい。
専門的呼び名 ルンホ。

るんほ ホルンは丸いユニークな形状で知る人の多い楽器である。管体は真鍮製で、形状は極めてゆるやかな円錐形をなしている。ベル (朝顔) の部分は急激に広がっており、この中に右手を差し入れて演奏する。マウスピースは他の金管楽器とは異なり、カップが狭く、深い形状である。ピッチの調整は U 字型の抜差管を用いて行う。楽器本体は抜差管やバルブの部品以外は分解できないのが通常であるが、製品によってはベルの部分が取り外せるようになっているものもある (ベルカットという)。ベルカットモデルは一般に遠鳴りすると言われているほか、直接的には収納がコンパクトになるという利点がある。
 ホルンには管の設計によってシングルとダブル、トリプルという種類があり、後者二つはセミとフルに分けられる。シングルホルンというのは単一の調性の管を持っており、F や B、High-F などに調律されている。ダブルホルンはシングルホルンに長さの異なる管をパラレルに加えたもので、バルブを操作することによって二つの調性を切り替えて使うことができる (例えば B から F に切り替えるなど)。なお High-F の迂回管を取り付けたダブルホルンを特にデスカントホルンと呼ぶ。トリプルホルンはダブルホルンに更にもう一つつ長さの異なる管を加えたものだが (F / B / High-F など)、楽器の重量が増し価格も高いのでそれほど使われていない。なお、フルダブルやフルトリプルというのは、長さの異なる管が独立して取り付けられていて、純粋に複数の調性の楽器として扱うことができるものである。対してセミダブルやセミトリプルは、追加した管の一部分がメインの管と共用されているため、吹き込んだ息が余計にバルブを通過することになり、フルに比べるとバランスの面で劣る。ただし楽器の重量や価格では有利なので、学校の備品などに利用されているケースが多い。
MP ホルンはその奏法によって、非常に変化に富んだ音色を奏することができる。弱音では遠く柔らかな音色だが、強奏ではトロンボーンのような勇壮な音で、太く力強い。金管楽器でありながら、しばしば木管アンサンブルの仲間に入っているのは、この楽器の優しく柔らかな音色が他の楽器では得られないものだからである。このほか、ベルに差し入れた右手を調整することで弱音器の効果をもたらす、ゲシュトップ奏法というものもある。ゲシュトップ奏法を用いると、音程が本来の運指より半音上がるので、楽譜の読み替えが必要になる。
 ホルンはフルートと並んで大変古い歴史を持つ楽器で、10 世紀ころには狩猟のための角笛としてその原形を見ることができる (ホルンという語は動物の角を意味する)。17 世紀ころには材質が金属になり、主にフランスで発展したのちドイツに広まって行った。このころのホルンは、管の長さによって、ある一定の倍音列を奏することしかできなかった。しかし長さの異なる管 (替管) を差し替える方法が考案され、異なった調を奏することができるようになってからは、次第に管弦楽に取り入れられるようになった。このようなホルンをナチュラルホルン (または無弁ホルン) という。その後、19 世紀前半にはドイツのブリューメル (Blümel) とシュテルツェル (Stölzel) によってピストンバルブのついたホルンが考案され、自然倍音しか出せなかったホルンが半音階を自由に演奏できるようになった。ロータリーバルブ式のホルンが考案されたのは 1830 年ころである。
 このことを踏まえて、現代のホルンの記譜法や、楽器の構造について紹介してみよう。
 現在使用されているホルンには次のような種類がある (同ウインドウ)。

[Single] [Dowble] [Triple] [Descant]

ホルンの音域
ホルンの音域

 上記のホルンの音域のうち、カッコ内の音は B 管で出せる最低音である。また、最高音は訓練次第で更に上の音を奏することができる。
 種類別のリンクで述べたように、ホルンにはいくつかの調性の楽器が存在するが、譜面に書く場合は、どれも F の移調楽器と見なして、実音の完全 5 度上に記譜するのが慣習になっている。管弦楽のスコアなどを見ていると「Horn in D」とか「Horn in A」などと書かれていることがあるが、これは前述した無弁ホルン時代の記譜法の名残である。つまり「Horn in D」と書かれている箇所は、D 管の替管に差し替えて演奏していた、という風に考えれば良い。もちろん現在ではバルブ付きのホルンで演奏するので、奏者は F (へ調) に読み替えて演奏しているわけである。
 ホルンは管弦楽吹奏楽、室内楽など、あらゆる編成で使用されるが、クラシック以外のジャンルで使用される機会はあまりない。管弦楽では定員は 2 名 (2 管編成) または 4 名 (4 管編成)、吹奏楽では 4 ~ 6 人である。楽曲によっては十数名の楽員を要求したり、また一部のホルン奏者を舞台袖で演奏させることもある。このほか、厳密にはホルンの同属楽器とは言えないが、ホルン奏者が持ち替えて演奏する楽器にワーグナーチューバがある。
上昇管 ホルンは「フレンチホルン」とも呼ばれているように、フランスで発展した楽器が世界に広まっている。フランス式のホルンは、一般に使われているもののほかにも、管の巻き方によってフランス式上昇管 (写真左) と呼ばれる種類がある。また一方では主にドイツで発達したウィンナホルンというのもあり、こちらは現在ではオーストリアが本拠地の「ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団」を始め、一部の奏者に好んで使用されている。また、アマチュアの吹奏楽団では、四半世紀ほど前までホルンの代わりに Es 管のメロフォンという楽器を使用しているところもあった (現在でも小学校や中学校で使用しているところがある)。これはホルンという楽器が非常に難しいことと、金管楽器の中では比較的高価なことが理由である。メロフォンは形状はホルンに似ているが、楽器としては全く別物で、アルトホルンの管の巻き方を変えたものと思って差し支えない。この楽器は抜差管を交換することで F 管としても使用できるので、シンフォニーからマーチングまで多彩なジャンルを演奏する吹奏楽には便利なものである。なおメロフォンの楽器の構え方はホルンと逆で、右手でバルブを操作し、左手をベルに差し入れる。


有名ホルンメーカー 3 社へのリンク (英語)
<リンク先で各ブランドに分かれている場合があります>

Paxman
Holton
Besson


ホルン雑記帳

 何を隠そう、私が初めて吹奏楽部に見学に出かけて魅かれた楽器はホルンだった。入部した時もホルンを希望したが、あいにくホルンは定員に達していたので、トロンボーンに振り分けられたのである。長く楽器をやっていると、自分のキャラクターがその楽器に合ってくるというが、もし私がホルン奏者になっていたら、今ごろどういう人間になっていただろうか。ホルンという気難しい楽器に似合った人間になっていたのだろうか。
 ホルンというのはギネスブックに載るほど難しい楽器だが、その難しさは何よりもまず音が当てにくいという点に集約されると思う。また逆に、そういう先入観を持ってしまったために、怖がって演奏して本当に音を外してしまったという例も枚挙にいとまがない。ある奏者に言わせれば「俺は死ぬほどホルンをさらったのだ。音を外すなんてことがあるはずがない」くらいに確信をもって吹かなければダメだそうである。出番の直前になってから「ああ、もうすぐ俺のソロだなあ。高い音はイヤだなあ。おいしいソロだからって、調子に乗って親戚縁者をたくさん呼んじゃったものなあ。呼ぶんじゃなかったなあ。外したらあとで突っ込まれるだろうなあ。やっぱり外すかなあ。外すよなあ。Fis だもんなあ。嫌だなあ」などと考えていると、本当に外す。これは何もホルンに限ったことではない。トランペットやトロンボーンでも、High-B (第 4 オクターブの変ロ音) 以上の高音域では倍音が著しく多くなるので、同じようなことが起こる。
 しかし私はあえて言いたい。音を外すというのは、それほどまでに責められなければならないことなのだろうか。ホルンの協奏曲で有名なものにリヒャルト・シュトラウスの「ホルン協奏曲」というのがある。オーケストラのオーディションでは定番の課題曲だが、これがまた「超絶技巧」の名にたがわぬ難しさである (この曲は伴奏のオケもものすごく難しい)。シュトラウスの作品にはこのほかにも楽劇「サロメ」とか「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」とか「アルプス交響曲」など、ホルン泣かせの曲が数多く存在する。吹奏楽曲ではクロード・スミスという作曲家がホルン泣かせで有名である。この人たちの曲といったら、まるでホルンに恨みでもあるかのような意地の悪い書き方なのである。協奏曲は技巧的なものだから仕方ないにしても、いわゆる色モノと呼ばれる管弦楽作品にまで、外せと言わんばかりの難しい音符を書く必要があるのかどうか、私には疑問である。
 正直言うと、コンサートなどでは、そういうパッセージをカンニングしていることがある。アマチュアよりも、むしろ失敗の許されないプロの方がカンニングしているかも知れない。レコーディングなら撮り直しがきくが、舞台ではそうは行かないから、これは仕方のないことだと思う。
 外すのを覚悟で譜面通り吹くか、それとも安全策でカンニングするか、難しい選択ではある。カンニングすればきれいにやり過ごすことはできるが、耳の良いお客にはバレバレである。かと言って譜面通りに一人で吹いて外そうものなら、コンサートは一瞬でも録音は永遠に残るから始末が悪い。さらにまた、その録音を私のような人間がホームページで「音を外した一例」などと紹介したりするから油断がならない。
 当たり前のことではあるが、音楽性というのは音を外した云々で語り尽くされるものではない。その演奏やコンサートが終わった時に漂っている「余韻」なり「残り香」が音楽性なのだと思う。ささやかな音楽をお客の耳許にお届けして、少しの間だけ夢見心地になってもらえれば、私たち楽隊の本意は遂げられていると言っていいのではないだろうか。
 音を外さないことよりも、むしろそのことの方が数倍も難しいと最近思う。

参考文献:新音楽辞典 (音楽之友社) / 新版吹奏楽講座 (同) ほか
資料提供:dbrain : For all Hornists
記述:1998 年 7 月



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