①水根駅→第一板小屋隧道

2009年4月11日(土)、拝島発4:59→奥多摩着6:00→奥多摩駅発6:05という始発のスジを乗り継いで、奥多摩湖バス停に到着。水根駅跡は一つ手前の水根バス停が最寄りですが、せっかくなので奥多摩湖を拝んでから出発。乗り継ぎが良すぎてトイレに行く暇もなかったので、こちらも済ませておきました。なお、諸般の事情により、一部区間は4月16日(木)に再訪した時の記録を基に紹介しています。

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  • pin[2009/04/11 06:19]

いきなり猿発見! ここから水根駅までは猿の巣窟でした。観光客が餌を持ってやってくるのを待っているのでしょうか。

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  • pin[2009/04/11 06:30]

水根駅跡です。「水根積卸場」としている文献もあります。竣工当時の小河内貯水池は、水道用の貯水池としては世界最大規模だったそうですが、その建設資材運搬の拠点駅としてはずいぶん小ぢんまりしています。早朝で、しかも東向きなのでもろに逆光です。ここから小河内線探訪の始まりです。

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  • pin[2009/04/11 06:36]

石灰石の山を過ぎると枯れ藪になりました。もう少し経つと草が伸びて歩くのが大変になります。踏み跡が残っているので、レールがなくても辿るのは容易です。

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  • pin[2009/04/11 06:39]

打ち捨てられていたレール。奥多摩工業の資産だと思うので、一応「保管」ということになるのでしょうか。

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  • pin[2009/04/11 06:41]

藪の向こうに忽然と現れた鉄橋と隧道。逆光なので神秘的に見えました。

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  • pin[2009/04/11 06:41]

早朝で太陽が低いので、どうにも逆光を避けることができません。この鉄橋は第二水根橋梁というそうです。レールは外されていますが、材木が敷き詰められていて、渡るのは容易でした。下路プレートガーダー橋は、小河内線ではここが唯一だと思います。ほかの橋梁はすべて沢や川に架かっていますが、この橋だけは国道を跨ぐので、桁下高さ確保のため下路式にしたのだと思います。この先、隧道はすべてチェックしましたが、橋梁にはあまり関心を持たなかったので、漏れや抜けがあるかも知れません。

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  • pin[2009/04/11 06:43]

[資料紹介1]

↓現役時代の水根駅。C11形蒸気機関車がタキ2200を牽引しています。
機関庫のように見えるのはポケットで、その下からベルトコンベアが出ています。
右下の隅に第二水根橋梁が見えています。

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初めての隧道は短めの水根隧道です。太陽を避けて撮影しました。資料がないため隧道の長さは現在のところすべて不明です。Googleの距離測定ツールでは、約40mと表示されます(以降すべて同じ方法で測定しましたが、恐らくあまり正確ではありません)。

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  • pin[2009/04/11 06:44]

水根隧道の東側坑口。

  • pin[2009/04/11 06:45]

水根隧道の扁額。隧道名、施工、竣工年が書かれたシンプルなものです。延長が書かれていないのが痛い……。

  • pin[2009/04/11 06:46]

少し進むとコンクリートの第一水根橋梁が現れます。ぱっと見だと右下の道路と交差しているようですが、地図を見ると並行道路であることが分かります。この橋はガレ沢っぽい所を渡っています。

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  • pin[2009/04/11 06:46]

枯れ木の先に次の隧道が見えてきました。草木で分かりにくいですが、まだ橋の上です。

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  • pin[2009/04/11 06:47]

これは中山隧道。左から合流している小径は「奥多摩むかし道」と呼ばれる散策路の迂回路です。本来の奥多摩むかし道は浅間神社を通る山道なのですが、2005年に土砂崩落が発生し通行不能になったため、復旧までの1年半ほどの間、中山隧道をくぐる迂回路が設定されていました。私は2006年3月に奥多摩むかし道を散策したのですが、その時はたまたま迂回路に指定されていた期間だったので、坑内に電灯がともされていました。現在も一般に開放されているのかどうかは不明ですが、電灯は撤去されています。

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  • pin[2009/04/11 06:48]

[資料紹介2]

↓2006年3月に訪れた時の中山隧道。この時は照明がついていました。

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中山隧道の中です。散策路になっていたせいか、ほかの隧道よりもバラストが均一に敷き詰められていて、割と歩きやすいです。そのバラストは、現用の鉄道に見られるような角張った石ではなく、滑らかな丸い石でした。小河内線の現役当時は川砂利の採取が盛んに行われていたので、このバラストも多摩川から持ってきたのかも知れません。なお、隧道内の現在地は、前後の写真の撮影時刻などから推定しました。ナビが使えないので……。

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  • pin[2009/04/11 06:53]

中山隧道の東側坑口。中山というのはこの辺の集落の名前のようです。延長は約470mと表示されます。一時は散策路になっていた割に、小河内線の中ではこの中山隧道が最も出水が多く、状態が悪いように思いました。このまま長い時間が経てば崩落するかも知れません。

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  • pin[2009/04/11 06:56]

中山隧道の扁額。

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  • pin[2009/04/11 06:57]

中山隧道を出ると築堤がありました。奥多摩むかし道だった部分は柵で区切られていて、左側の階段で下に降りるのが正しいコースです。ちなみに奥多摩むかし道の大部分は旧青梅街道ですが、この辺りは迂回路なので当然違います。

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  • pin[2009/04/11 06:58]

3年前に訪れた時は大人しく順路に従いましたが、今回は線路を歩くのが目的なので、ひたすらまっすぐ進みます。次に見えるのは第二桃ヶ澤隧道です(隧道名の漢字は扁額の表記に従っています)。

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  • pin[2009/04/11 06:59]

第二桃ヶ澤隧道の内部。コンクリートで巻かれた内部はとてもきれいで、休止してから50年以上経つとは思えません。かつては通信ケーブルが張られていたのでしょうが、これはただのワイヤーのようです。

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  • pin[2009/04/11 07:00]

第二桃ヶ澤隧道の東側坑口。長さは約155mと表示されました。

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  • pin[2009/04/11 07:03]

第二桃ヶ澤隧道の扁額。

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  • pin[2009/04/11 07:04]

先に見えるのは第一桃ヶ澤隧道の西側坑口。その手前に桃ヶ澤橋梁があるのですが、草木が生えているので築堤のように見えます。

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  • pin[2009/04/11 07:03]

水根方向を振り返って第二桃ヶ澤隧道の東側坑口を撮影。

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  • pin[2009/04/11 07:05]

先へ進むと第一桃ヶ澤隧道が近づいてきました。出口の見えない隧道に入るのは気が重いものですが、今回は高性能のLEDライトを持参したので平気です。

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  • pin[2009/04/11 07:06]

第一桃ヶ澤隧道の内部。この隧道だけではありませんが、時々このようにコンクリート巻き立てを切り欠いて、岩肌が露出している部分があります。恐らく湧水を逃がすためではないかと思いますが、小河内線の隧道はすべて逆巻工法を取ったそうなので、あるいは側壁のコンクリート打ちを端折ったのかも知れません(逆巻工法では上半分のアーチ部分を先に掘ってコンクリートを巻き、そのあとで下半分に取りかかります)。たぶん地質がいいのでしょう。

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  • pin[2009/04/11 07:09]

第一桃ヶ澤隧道東側坑口。長さははっきりしませんが、120mぐらいだと思います。

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  • pin[2009/04/11 07:10]

第一桃ヶ澤隧道の扁額。

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  • pin[2009/04/11 07:11]

水根方向を振り返って第一桃ヶ澤隧道の東側坑口を撮影。天気がいいので、順光だとこのようにコントラストの高い写真になります。

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  • pin[2009/04/11 07:12]

写真には写っていませんが、左側に小さなスペースがあって、その山肌にはかつて段々畑だったと思われる痕跡も残っています。もしかしたら作業小屋でも建っていたのかも知れません。杉だらけの山にあって、珍しく楓が植わっていました。奥多摩に自生する、いろは楓の一種だと思います。次の隧道は清水隧道です。

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  • pin[2009/04/11 07:15]

隧道に入る前に立ち止まってレールを撮影。ボンド線はついていませんでした。小河内線は単線で、途中に交換設備もなかったようなので、無閉塞運転をしていたのかも知れません。

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  • pin[2009/04/11 07:19]

清水隧道東側坑口。長さは200~250m程度だと思います。

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  • pin[2009/04/11 07:25]

清水隧道の扁額。

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  • pin[2009/04/11 07:26]

あれ? 道がない。

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  • pin[2009/04/11 07:27]

あらら、途切れてる……。この部分には清水疎水隧道というのがあったらしいのですが、もしそうなら土手を盛ってあるはずです。土砂災害で崩壊したか、あるいは写真に見える水路建設の邪魔になるので撤去されたのかも知れません。ちなみに疎水隧道というのは大きな暗渠のようなもので、水路のほかに人道や車道を併設することもあります。線路が隧道をくぐるのではなく、線路の下に隧道があるわけです。

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  • pin[2009/04/11 07:28]

考えていても仕方がないので、下に降ります。妻もこの程度の斜面なら余裕でついてきます。写真は清水隧道東側坑口を見上げたところ。

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  • pin[2009/04/11 07:33]

涸れた水路に丸太が一本渡してありましたが、水路に降りて渡りました。この水路は沢の位置にあってかなり急勾配です。また、写真でも分かるように、すぐ上で石垣が途絶えて土砂が滞留しています。推測ですが、この水路は土石流対策の護岸工と床固工だと思います。そして存在したはずの築堤は、単に施工の邪魔になるからか、あるいは土石流が発生した時に疎水隧道に滞留して被害が大きくなる可能性があるので、撤去されたのだと思います。もしそうなら下に砂防堰堤があるかも知れません(この場ではそこまで確認しませんでした)。

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  • pin[2009/04/11 07:34]

対岸に渡り終えて水根方向を振り返ってみました。朝日が当たって眩しいくらいです。きれいに路盤が消えている理由を色々想像してみましたが、見ているだけでは事実が分かりません。1974年の航空写真にも線路らしきものは写っていないので、それ以前に撤去(あるいは崩壊)したものと思われます。いずれ確認します。

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  • pin[2009/04/11 07:36]

次の隧道は第二板小屋隧道。

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  • pin[2009/04/11 07:36]

第二板小屋隧道東側坑口。この隧道はごく短くて、延長45mと表示されます。

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  • pin[2009/04/11 07:38]

第二板小屋隧道の扁額。

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  • pin[2009/04/11 07:40]

すぐに第一板小屋隧道へと続きます。

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  • pin[2009/04/11 07:38]

第一板小屋隧道です。小河内線は起点~終点の高低差176mを、なるべく「緩い勾配で、距離を短く、長大隧道を避けて」という無理な条件で敷設されたそうです。全線に渡って非常に険阻な路線です。

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  • pin[2009/04/11 07:40]

第一板小屋隧道の東側坑口。延長は約80mと表示されます。

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  • pin[2009/04/11 07:42]

第一板小屋隧道の扁額。

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  • pin[2009/04/11 07:45]

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