③赤間川→南大塚駅

赤間川を渡るために大きく迂回して、ようやく対岸に着きました。赤間川の先は市街化区域となり、いよいよ民家が増えてきます。写真の道路は川越市道67号線で、1958年の航空写真にも写っていますが、ここから南大塚駅までの線路の周囲はすべて田畑で、線路際には一軒の家も建っていません。

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  • pin[2009/03/11 14:23]

[資料紹介6]

↓1958年撮影の航空写真(入間川街道〜南大塚駅)

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民家が迫ってきて線路の様子も変わってきました。

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  • pin[2009/03/11 14:24]

線路は家庭菜園と化してきました。土を入れても流れ出さないので、プランター代わりにちょうどいいですね。立ち入り禁止の看板はすっかり形骸化しています。

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  • pin[2009/03/11 14:24]

コンクリート製の鉄道柵が現れました。この辺りはまだ家庭菜園や資材置き場のように使われていますが、この先へ進むと管理が厳しくなってくるかも知れません。というのは、たまに仕事で南大塚を訪れると、安比奈線の敷地で作業している現場に出くわすことがあるからです。あくまで休止であって廃止ではないということを再認識します。上を見ると、いつの間にか架線にハンガー(吊架線にトロリー線をぶら下げる金属線)らしきものがついています。

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  • pin[2009/03/11 14:26]

春先だからか大したものは植わっていないようです。いっそのこと、桜の木を植えてベンチでも置けば、町内会が盛り上がっていいかも知れません。犬を飼っている人は、こういう場所があると散歩場所に悩まなくていいですね。

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  • pin[2009/03/11 14:27]

この踏切は今朝バスで泉福寺へ向かった時に、最初に渡った踏切です。大塚新田というバス停を過ぎてすぐです。交差する道路は入間川街道ですが、国道16号の抜け道のようになっていて、狭い道路を飛ばす車が多いので結構怖いです。私も仕事で車を使っていた時に時々通りましたが、歩行者に怖い思いをさせるので、あまり走りたい道ではなかったですね。踏切の向こう側には鉄道柵が張り巡らされていますが、左端を少し開けてあるのは地元の人への配慮でしょうか。

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  • pin[2009/03/11 14:27]

入間川街道を渡りました。もうだいぶ南大塚駅に近づいていると思うのですが、未だに空き地が多いです。川越市は人口34万人の中核市で、小江戸の別名を持つ古くからの城下町ですが、都会の様相なのは川越3駅(川越、川越市、本川越)の周辺くらいです。ちなみに安比奈線が通っているエリアは1955年まで埼玉県入間郡大東村といい、12世紀ごろから地名として記録が残る由緒正しい河肥(川越)とは別物です。

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  • pin[2009/03/11 14:27]

前方には大きなマンションが見えます。線路の上には人がいるようです。

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  • pin[2009/03/11 14:28]

犬の散歩でもしているのかと思ったら猫でした。飼い主のおばさんに挨拶して写真を撮らせてもらいました。

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  • pin[2009/03/11 14:30]

今から11年ほど前、線路端のアパートの住人が、飼っていた猫を置いて引っ越してしまったので、それからずっと面倒を見ているそうです。保護した時に獣医に診せたら「4歳くらい」と言われたので、今は15歳ぐらいだろうと言っていました。猫の15歳というと、人間に換算すると80歳ぐらいなので、だいぶお婆ちゃん猫ですね。毛並みはきれいですが、耳が遠いそうです。うちのサチコはまだ5歳の若輩者ですが、この先も元気で長生きしてほしいものです。

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  • pin[2009/03/11 14:30]

猫とおばさんに別れを告げて、再び歩き始めます。鉄道柵の向こうに最後のカーブが見えます。

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  • pin[2009/03/11 14:32]

いよいよ国道16号にさしかかります。首都圏を環状に結ぶ大動脈なので車が非常に多く、この付近の1日の交通量は47,000台に達するそうです。信号もない場所で向こう側に渡れるでしょうか。架線柱が2本ともコンクリート製になっています。

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  • pin[2009/03/11 14:32]

国道16号は総距離253.2kmに及ぶ首都圏の大動脈です。しかし安比奈線が活躍していたころは影も形もなくて、この辺りの街道というと、先ほど渡った入間川街道だけでした。レールはアスファルトの下に埋まっているようです。もし安比奈線が復活してここに踏切を設置したら、国道が大渋滞して大騒ぎになるでしょう。しかし先に敷かれていたのは鉄道ですから、平面交差がイヤなら国道が線路をオーバーパスまたはアンダーパスするのが筋でしょう。

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  • pin[2009/03/11 14:33]

国道16号を渡って内回り側の歩道を撮影しました。継電器箱と思しきボックスが残されています。国道16号は昔は片側1車線だったと思うので、拡幅後の道端に脱線防止レールが残っているのは意外でした。安比奈線が未だに休止状態なのは、一度廃止してしまうと、こうした踏切を新たに設置することが困難だからかも知れません。

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  • pin[2009/03/11 14:34]

ここには踏切警報機が立っていたと思われます。写真を撮るのを忘れましたが、×印を表示する踏切動作反応灯も残っていました。ここにあったのは恐らく警報機と遮断機のついた第1種踏切だと思います。

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  • pin[2009/03/11 14:37]

国道16号から先は、柵や塀によって完全に遮られているので、線路には入らず、並行する道路や空き地から撮影することにしました。侵入することは簡単ですが、駅に近くなって人通りが多くなったので気後れしました。南大塚駅まで半径300mの急カーブが続きます。

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  • pin[2009/03/11 14:40]

なんとなく歩いてきましたが、カーブの内側なので見通しが悪いことに気づきました。あとで地図を見たら、カーブの外側には線路に沿った道路がないようなので、どのみちこちらしかなかったようですが。いつの間にか架線にはトロリー線が張られ、通電すれば電車が入ってこられそうな雰囲気です。架線柱には新しい支線もつけられていて、復活後はこのまま使い続けるつもりなのかも知れません。やはり復活後の線路は高架化せず、地上に通すつもりなのでしょう。

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  • pin[2009/03/11 14:40]

道路を回って反対側(カーブの外側)に来ました。急カーブなので、内側で撮影していた時は見通しが悪かったですが、ここへ来てようやく南大塚駅が見えました。線路の左側に空き地がありますが、ここは安比奈線が休止になったあと、車両基地計画の一環として、西武鉄道が取得した土地のようです。古い航空写真を見ると、空き地になる前は民家が建っていたようです。南大塚の駅舎やホームも若干移動していて、昔はもっと本川越寄りにありました。

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  • pin[2009/03/11 14:47]

再び猫発見!

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  • pin[2009/03/11 14:49]

安比奈駅から断続的に続いてきた線路はここでついに途切れます。途切れた先は道路に転用されています。左側の線路と踏切は、車両基地計画の一環として新たに敷設したものだと思います。というのも、右側は道路に転用してしまったし、南大塚駅北口もあるので、もとのように線路を敷くことはできません。そのため、新たに本線と接続させる線路を敷くつもりなのだと思います。ちなみに安比奈線現役時代は、左側の踏切の先が道路でした。文章では分かりにくいので、下に写真を用意しました。

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  • pin[2009/03/11 14:51]

[資料紹介7]

↓南大塚駅前の変遷(クリックで画像切り替え)
1974年2007年道路と線路の変遷

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レール1本分だけ敷かれた線路と踏切。本来の安比奈線は、踏切の奥(一方通行の道路部分)を通っていましたが、駅前の整備に伴い道路になりました。安比奈線はあくまで休止ですので、もともと奥にあった踏切は廃止せずに、手前に移設されたものと思われます。移設前後の位置関係は上の写真で確認できます。真新しいバラストにPC枕木、50kgレールと豪華装備ですね。

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  • pin[2009/03/11 14:52]

この先はもともと道路でした。その名残で、住居表示もここが境目になっています(左が南台三丁目、右が南台二丁目)。もっと先には保線用の側線が見えています。安比奈線復活の時は、このままあの側線には繋がないような気がします。

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  • pin[2009/03/11 14:53]

一応「安比奈線探訪」を謳っているので、本来の線路があった方を歩いてみます。マンホールがあるので、地中には下水管などが通っているのでしょう。休止されてからの長さをこんなところでも感じます。

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  • pin[2009/03/11 14:53]

左の側線は、恐らく安比奈線とは関係ないと思います。南大塚駅はもともと2面4線の駅で、それに加えて安比奈線が合流してくるので、この部分には新宿線の下り退避線と安比奈線の2線あったはずだからです。この側線はホームから少し離れて敷かれているので、このままでは客扱いすることも乗務員の乗降もできません。もっとも、ホームの外側に架線柱が立ってしまっているし、橋上駅の階段も邪魔しているので、これらを何とかしないと2線には戻せませんが。

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  • pin[2009/03/11 14:54]

安比奈駅から2時間かかって、ようやく南大塚駅にたどり着きました。路線延長は3.2kmといいますが、迂回したり寄り道したりで、意外に時間がかかりました。疲れたので、駅前のコンビニでジュースを買って少し休憩しました。

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  • pin[2009/03/11 15:02]

一服したあと、南大塚駅の橋上駅舎から安比奈方向へ向けて撮影しました。手前の線路が保守用側線です。こうして見ると、新たに設置された踏切の線路と側線の角度が、微妙にずれているのが分かります。先ほど、これらの線路をこのまま繋がない気がすると書いたのは、このことも理由の一つです。

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  • pin[2009/03/11 15:03]

上の写真の反対側で、所沢方向を向いて撮影しました。安比奈線の現役時代はもっと手前でホームが終わっていました。鉄道用地を囲む柵の形からすると、安比奈線は写真の側線のやや外側を通り、現在よりもっと先で新宿線に合流していたようです。また新宿線の南側には貨物駅もありました。

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  • pin[2009/03/11 15:04]

 

現地レポートはこれでおしまいですが、帰ってきてから少し調べてみたことを書いてみます。安比奈駅の最先端で見つけたナローゲージは、軌間が600mmで、河原で採取した砂利を安比奈駅まで運ぶための軌道だったそうです。インクラインかと思っていましたが、さほど勾配もなさそうだし、普通の軌道で用が足りていたようです。この軌道は陸軍鉄道連隊の資材で敷設され、蒸気機関車やディーゼル機関車が無蓋車を牽引していたということです。

そのほか、安比奈線の最急勾配は10‰で、運転速度は30km/hだったそうです。歩いている時は勾配の存在にはまったく気づきませんでしたが、赤間川の右岸には河岸断崖が見られましたので、多少登ったのかも知れません。最小曲線半径は300mだそうですが、これは2箇所あるカーブのうち、南大塚駅~国道16号のカーブだと思います。八瀬大橋付近のカーブはもう少し緩くて、半径400m程度ではないかと思います(暇ができたら測ってみます)。使用されているレールは、国道16号踏切が37kgで、それ以外は30kgレールだそうです。また途中に信号機がありませんでしたが、どうやら無閉塞で運転していたようです。

八瀬大橋についても調べてみましたが、今のところ分かっているのは、八瀬大橋の開通は意外に古くて1974年らしいことや、当初は取り付けルートが現在とは異なっていて、安比奈線を支障していなかったことくらいです。この道路は埼玉県道114号線(川越越生線)という名称なのですが、遅くとも1989年までには、国道16号の大袋新田交差点から八瀬大橋までのバイパス道路ができて、その際に安比奈線が分断されたようです。その後八瀬大橋には歩道も取り付けられましたが、これは1993年に完成したようです。時期についてはまだ確証がなく、間違っている可能性が高いです。今後もう少し調べて、分かったら加筆・訂正します。

長くなりましたが、これで今回のレポートを終わります。最後までお読みいただきありがとうございました。

 


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