大井川鐵道井川線
(堂平~井川)
蒸気機関車の保存運転の先駆けとしてあまりにも有名な大井川鐵道。東海道本線の金谷から急行「かわね路」に乗ると、約 1 時間半で終点の千頭に着きます。千頭から先は井川線となって、小さな可愛らしい客車列車が、さらに奥の井川まで走っています。井川線は軌間こそ大井川本線や JR の在来線と同じ 1,067mm ですが、建築限界が小さく、車両の幅も高さも本線用のと比べるととても小さくできています。
「線路を歩こう。」の第 5 弾は、「南アルプスあぷとライン」の愛称を持つ大井川鐵道井川線のうち、廃止区間の井川~堂平 (1.1km) をレポートします。訪問したのは 2009 (平成 21) 年 11 月 30 日 (月) です。
井川線の歴史は古く、その前身は 1931 (昭和 6) 年に沢間~大間が開通した富士電力寸又川軌道や、1935 (昭和 10) 年に開通した大井川電力専用鉄道に遡ります。大井川の電源開発は大正末期から始められ、井川線もいくつものダム工事とともに発展してきました。
今回歩いた井川~堂平は、井川ダム建設に伴って延長された区間で、市代~堂平が 1954 年 9 月に開通しています。井川ダムに続き、さらに上流に畑薙第一、畑薙第二ダムの建設が始まり、井川線もさらに延伸するべく堂平~井川本村~桃島の認可を受けましたが、こちらは堂平からのトラック輸送に切り替わったため、実現しませんでした。
当時は中部電力大井川専用鉄道という名称で、一般客は乗れないことになっていましたが、実際は便乗という形で行商人や登山客を乗せていました。ところが、高度経済成長が進むに伴って観光客が激増したため、保安上の理由などにより 1959 (昭和 34) 年 8 月から地方鉄道化され、大井川鉄道井川線としてスタートしました。

↑井川~堂平の地図。路線の地図表記が違っているので、正しい経路を示しました。

↑地図と同じ範囲を写した航空写真。廃止 5 年後の 1976 (昭和 51) 年撮影。
今回訪問した堂平駅は貨物駅で、井川ダムや畑薙第一、畑薙第二ダムの資材輸送の拠点になっていました。そのため、1962 (昭和 37) 年に畑薙ダムの建設が終わると用途を失い、井川~堂平は 1971 (昭和 46) 年 4 月に廃止されました。その後もさらに上流に赤石ダムなどのいくつかのダム建設があり、1996 (平成 8) 年まで井川構外側線として一時的に復活しましたが、現在はまったく使用されていません。
ところで、2008 (平成 20) 年 8 月~ 2009 (平成 21) 年 5 月の間だけ、井川~堂平が公に利用される機会がありました。それは鉄道としてではなく、井川駅付近で発生した土砂崩れによる、仮設の迂回道路という役目でした。この時は軌道敷にシートを被せ、その上に砂利を乗せてアスファルト舗装していたそうです。訪問するわずか半年前まで道路として使っていたとはつゆ知らず、実際に歩いてもまったくそうとは気づきませんでした。廃止されたとはいえ、井川線の施設はすべて中部電力の所有なので、きっちり原状に復して返上したということでしょう。
今回は井川~堂平 1.1km のごく短い区間で、しかもそのうち 200m ほどは通行不能の隧道なので、わずか 900m あまりのレポートです。井川線の廃線は、このほかにも八栗~市代や、長島ダム建設に伴って水没した市代~川根長島などがあります。いずれこちらも探訪したいと思っています。
いつものように、本文のサムネイル写真 (330 × 220 ピクセル) をクリックすると、別ウインドウまたは別タブで大きな画像 (960 × 640 ピクセル) を表示します。コメントの最後にある [MAP] をクリックすると、撮影地点の地図を表示します (迂回等により撮影時刻が前後している場合があります)。なお、地図は Yahoo! 地図を利用していますが、井川~堂平の隧道周辺の鉄道線路の経路が誤って描かれています。正しいと思われる経路は上の地図をご覧ください。
それと、今回は動画はありません。ビデオカメラは持って行ったのですが、SD カードを忘れました。
■□■ 参考文献・取材先 ■□■
鉄道廃線跡を歩く VIII
JTB 出版事業局 (2001 年)
RM LIBRARY 96 「大井川鐵道井川線」
ネコ・パブリッシング (2007 年)
大井川鐵道株式会社鉄道部
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前日は妻とともに井川集落の宿に泊まり、朝 8 時半前に出発して堂平駅跡の付近に到着しました。井川に来るのは 6 ~ 7 回めぐらいだと思うのですが、今回は色々と事情があって、まったく鉄道を使わずに来ました (前日にアプトいちしろ~長島ダムのみ乗車)。ここは小さな公園になっているようですが、付近に民家はまったくないため、どういう意図でここに作ったのか謎です。井川線の線路は写真左側の砂利道の先にあります。
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[08:40] [MAP]
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落ち葉に埋もれて分かりにくいですが、線路が見えてきました。どうも分岐しているようです。右側が井川方面です。
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[08:41] [MAP]
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井川方面を向いて撮影。ここは堂平駅の西端のようで、このポイントは最も井川寄りにあるものです。この写真の撮影地点で線路は途切れていました。
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上の写真とほぼ同じ場所で、堂平方向に振り返って撮影。2 条に分岐した先で線路は途切れ、その向こうは残土置き場のようになっていました。堂平駅の現役時代は、写真右側の線路がさらに分岐して、全部で 3 条の線路がありました。堂平は貨物駅ですが、いちばん左の線路に沿ってホームがあり、積み荷を貨車からトラックに積み替えて、ダム建設現場に向かいました。残土置き場は中部電力の所有地のようなので、駅跡をそのまま転用したのだと思います。
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[08:42] [MAP]
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どういうわけか、トングレールの先端だけが外されていました。ネット上のレポートを見ると、最近まで転轍器標識も立っていたようですが、それも見あたりませんでした。
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井川に向かって歩き始めます。夜中に雨が降っていたので、落ち葉が滑って歩きにくいです。写真には写っていませんが、この右側にさっきの公園があります。この公園は堂平駅の現役時代 (1988 年以降の構外側線としての復活時代) からあったそうです。完全に使われなくなってから 13 年ほどですが、草刈り程度はしているのか、薮にはなっていませんでした。もっとも、夏場はもっと鬱蒼としていると思います。
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[08:43] [MAP]
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最初のカーブにさしかかると、右手に真新しいフェンスが現れます。2008 (平成 20) 年 8 月から 9 ヶ月間だけ、土砂災害に伴う迂回路としてこの廃線跡が使われたのですが、ここはその時に線路と道路の分岐点だった場所です。線路の上にアスファルトを敷いた仮設道路は、ここで右のフェンスの方向に逸れ、再び県道 60 号線 (南アルプス公園線) に合流していました。緊急避難的措置とはいえ、よくまあこんな方法を考えついたものです。
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[08:44] [MAP]
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線路端に立てられた手製の看板。「入って怪我しても責任持ちませんよ」という趣旨。この廃線跡の所有者は、大井川鐵道ではなく中部電力だと思うのですが、廃止後も大井川鐵道が管理を委託されているのかも知れません。
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[08:44] [MAP]
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杉林の中を進みます。朝早かったので結構寒いです。この日は晴れの天気予報だったので、逆光を避けて東から西に歩くことにしたのですが、まだ日は差していません。
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堂平方向を振り返って撮影。仮設道路と線路の分岐点です。仮設道路の供用中は、離合が困難だったので、この先に警備員を置いて交通整理していたそうです。
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[08:45] [MAP]
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この写真は、いちばん初めに紹介した公園の入口から、仮設道路と線路との分岐点に向けて撮影しました。舗装されていますが、この写真の手前から一部砂利道になります。
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廃線跡に戻ります。前夜の雨のせいで路盤や落ち葉が濡れて、よく滑ります。わずか 900m ほどの散策なので、多めに写真を撮りました。
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[08:45] [MAP]
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上の写真とほぼ同じ地点で撮影。椎茸栽培のほだ木が並んでいます。井川の椎茸は巨大かつ肉厚で、とても美味しいです。自然栽培なので、秋~春ぐらいに食べられます。収穫期に井川駅の土産屋で売っています。
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[08:46] [MAP]
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線路は錆び付いていますが、あまり廃線という感じがしません。最近まで道路として使っていたからなのか、あるいはたまに草刈りなどの手入れをしているのかも知れません。井川線自体が 1 日 5 往復+αぐらいしか運転本数がなく、現役区間も似たような風情です。
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杉の区間を過ぎると落ち葉の絨緞が広がります。紅葉には少し遅い時期です。
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[08:48] [MAP]
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線路は急カーブで沢らしき部分を渡ります。線路の下は小さな暗渠になっているようです。写真には写っていませんが、左側には井川湖が迫っています。
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[08:49] [MAP]
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暗渠の真上あたりで井川湖を撮影。まだ朝靄が残っています。写真中央の小さな半島先端にある施設は、中部電力の井川展示館で、その向こうに井川ダムの堤体があります。竣工は 1957 (昭和 32) 年、堤高 103.6m で、日本最初の中空重力ダムだそうです。井川ダム建設に伴って、当時の井川村 550 戸のうち 193 戸の家屋が水没しました。現在の井川集落は、その時の移転補償として造成されました。
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[08:50] [MAP]
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線路と井川湖の位置関係。つかず離れず。井川~堂平は山を登り切った区間なので、井川線としてはかなり穏やかな地形です。
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再び落ち葉の絨緞。
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樹木や笹藪がいい色のコントラストです。
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[08:51] [MAP]
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隧道が見えてきました。事前の調査で、隧道が存在することは分かっていましたが、この時は名前が分かりませんでした。
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隧道と井川湖を絡めて撮影。カメラはいわゆる「JPEG 撮って出し」の設定ですが、ちょっと色が鮮やかすぎるような気がします。これでも少し Photoshop で彩度を落としてあります。デジカメは赤系の色になると我を忘れます(?)
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隧道の少し手前にあった勾配標。堂平方向に向けて 2.5‰の上り勾配です。国鉄 (JR) の制式標識よりだいぶ華奢な作りです。
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[08:58] [MAP]
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この隧道は島和合隧道といい、長さは 33m です。坑門に 65 と書かれているようですが、これは井川~堂平が廃止された 1971 (昭和 46) 年時点の数だと思います。井川線の隧道には、起点の千頭から順に通し番号が振られています。隧道の数は線路改良などのたびに変わっていて、長島ダムができる前 (アプト区間に付け替える前) は千頭~堂平間 26.6km に 66 本もの隧道がありました。現在は 63 本 (千頭~井川は 61 本) に減っています。この隧道は最後の隧道なので、現在は 63 番ということになります。
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[08:58] [MAP]
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島和合隧道の西側坑口です。井川線は軌間こそ 1,067mm ですが、もともと 762mm の軽便鉄道だったので、建築限界がとても小さく、隧道も可愛らしいサイズです。仮設道路時代は、幅員 3.0m、高さ 2.5m に制限されていたそうで、立体駐車場並みです。この先の線路が少し谷川にずれているのが分かります。井川ダムの水位の変化などで、地盤が少し滑っているのかも知れません。
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隧道を抜けると、再び落ち葉に埋もれた単調な景観になります。
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[09:00] [MAP]
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前文でも触れましたが、仮設道路は線路にシートを被せ、その上に砂利を敷いて舗装したそうです。途中に建築限界の小さな隧道があるので、大型車は通れなかったと思いますが、それにしても、施設はもちろん周囲の自然環境まで傷一つなく原状に復していて、見事というほかありません。
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[09:01] [MAP]
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継ぎ目にはボンド線がありません。井川線は 1959 (昭和 34) 年の地方鉄道化の時からタブレット閉塞式でした (現在は特殊自動閉塞式)。記録によれば、もともと井川線は 15kg/m レールだったそうですが、1954 (昭和 29) 年の市代~堂平延長時に、軌道改良で 22kg/m レールに交換したそうです。ちなみに今年 (2009 年) 3 月には ATS が導入されました。
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線路の左側に少しスペースがあります。Yahoo! などの地図を見ると、この辺から井川ダムに向かって線路がもう 1 本分岐しているので、「支線か側線か」と色めき立ちましたが、実際歩いて地形を観察しても、線路がもう 1 本どこかに分岐していたような痕跡はありませんでした。もっとも、ダム建設中はそういう線路があったのかも知れません。国土地理院の 25,000 分の 1 地図では、だいたい正しく描かれています。
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[09:03] [MAP]
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仮設道路の時は、先ほどの島和合隧道からここらあたりで離合が行われていたようです。
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[09:04] [MAP]
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行く手に白いシャッターが見えてきました。
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[09:05] [MAP]
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線路はシャッターの中に消えていきました。これは第二西山隧道の東側坑口で、これをくぐれば井川駅です。隧道の長さは 184m です。痩せている私なら下の隙間から中に入れそうでしたが、体に凹凸のある妻には難しく、入れたとしても井川駅で怒られてしまうので、通り抜けることはできません。探索はここまでにします。
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[09:06] [MAP]
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シャッターの左側に仮設道路だった道が分岐しています。
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[09:06] [MAP]
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石垣の擁壁の新しさから考えて、この道路は線路までの取り付け道路として、山肌を削って新しく敷設されたのではないかと思います。そうなると、その先の古いコンクリート擁壁の意味が不明になるわけで、もしかしたら、かつては本当に側線があったのかも知れません。
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[09:07] [MAP]
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これ以上進めないので、もと来た方を振り返って一枚。9 時を過ぎて明るくなってきました。それほど険しくは感じませんが、落石が転がっています。
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[09:08] [MAP]
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廃線跡の探索を終えて、車で井川駅まで来ました。写真は先ほどシャッターに阻まれて引き返した第二西山隧道の西側坑口です。隧道の手前は西山沢橋梁で、その手前が井川駅のホームです。これを見ると、もし隧道をくぐれたとしても、井川駅で怒られるという意味が分かると思います。夜は坑口の扉が閉められるようです。
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[09:57] [MAP]
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道路に降りて西山沢橋梁を撮影。橋の右側が第二西山隧道です。これより堂平側に橋梁はありません。道路は静岡県道 60 号線で、2008 (平成 20) 年の土砂崩れは、西山沢橋梁をくぐった 200m ほど先で発生しました。井川駅はもともと西山沢という名前だったそうです。確かに井川と呼ぶには、集落から離れすぎています。
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井川駅の駅舎です。列車が来ない時間帯は改札が閉まっていますが、入場券を買って係の人に声をかければ、ホームに出ることができます。切符は未だに硬券です。
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[10:01] [MAP]
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井川駅のホームから千頭方向に向けて撮影。ここから先は現役路線です。隧道は第一西山隧道です。坑口に 61 と書かれています。アプト区間の付け替えなどで、隧道の数が減ったり増えたりしていましたが、当分の間はこれで確定だと思います。今回の探訪はこれでおしまいです。次回ここを訪れる時は、長島ダムのダム湖 (接岨湖) に水没した区間など、もう少しディープに攻めたいと思います。
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[09:56] [MAP]
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今回は探訪区間が 1km もない「ミニレポート」でしたが、路盤の状況は今まで探訪した中では最も良い区間でした。これは、一つには最近まで土砂災害の仮設道路として使われていたことが理由でしょうが、ダム周辺施設ということで、中部電力や大井川鐵道によって、普段から整備がなされているからだと思います。
井川駅と井川本村は、直線距離だと 2km ほどですが、道路だと 4.5km 近くもあり、観光客にとっても地元の人にとっても、本当に中途半端な場所にあります。したがって、井川~堂平の線路を復活してはどうかという議論も見られます。しかし堂平とて井川本村からは 3km 以上あって、どちらにしても遠すぎて使いものにはなりません。堂平~井川本村を延長するにしても、大井川鐵道にはもちろんそのような体力はないし、井川ダムに関する補償がすべて終わっている今、静岡県や中部電力が行うのも筋が違います。儲かるならどこも喜んでやるでしょうが、何しろ井川線は年間 3 億円もの赤字を出しています。
井川線は千頭~井川の 25.5km を 2 時間近くかけて走ります。車なら 4 ~ 50 分もあれば着いてしまう距離です。千頭や東海道沿線に出るのに、井川線を使う人など地元にはいません。小学生が定期利用しているようですが、わずか数人です。とても鉄道を通すような利用状況ではなく、バスでさえ経営不能だと思います (事実、井川~静岡の直通バスも廃止されました)。
となると、あとは軌道自転車を観光客に貸して、遊具として線路の上を走らせるぐらいしか思いつきませんが、第二西山隧道の東口に転がっていた落石を見ると、それも難しそうです。
どうやら井川~堂平は、次期ダムの資材輸送ぐらいしか復活の途はなさそうですが、大井川の電源開発はもう完成しているし、今の政権ではそのような計画が実現する見込みは限りなくゼロ。あとはダムに堆積した土砂の浚渫物を運搬するぐらいでしょうが、どこかで必ずトラックに積み替えなければならない手間を考えると、鉄道輸送は分が悪いです。中部電力はこの路線をどうするつもりなのでしょうか。
最後に、私は井川が好きなのですが、金谷から「かわね路」~井川線の接続で訪れるのは、時間や費用の関係で、年々難しくなってきました。
おまけ
井川線の隧道一覧 (1988年)
| 通番 |
駅間 |
隧道名 (ふりがな) |
備考 |
| |
千頭~川根両国 |
|
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| 1 |
川根両国~沢間 |
第一号 (だいいちごう) |
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| 2 |
〃 |
第二号 (だいにごう) |
|
| 3 |
〃 |
第三号 (だいさんごう) |
|
| 4 |
〃 |
第四号 (だいよんごう) |
|
| 5 |
〃 |
沢間 (さわま) |
|
| |
沢間~土本 |
|
|
| 6 |
土本~川根小山 |
第五号 (だいごごう) |
|
| 7 |
〃 |
第六号 (だいろくごう) |
|
| 8 |
〃 |
第七号 (だいななごう) |
|
| 9 |
川根小山~奥泉 |
第八号 (だいはちごう) |
|
| 10 |
〃 |
第九号 (だいきゅうごう) |
旧隧道および旧々隧道あり |
| 11 |
〃 |
第十号 (だいじゅうごう) |
第十一号と接続し第十号に編入 |
| 12 |
奥泉~川根市代 |
第十二号 (だいじゅうにごう) |
|
| 13 |
〃 |
第十三号 (だいじゅうさんごう) |
|
| 14 |
〃 |
第十四号 (だいじゅうよんごう) |
|
| 15 |
〃 |
海野 (うんの) |
|
| 16 |
川根市代~大加島仮乗降場 |
大加島 (おおかしま) |
遊歩道化 |
| 17 |
〃 |
西井戸 (にしいど) |
遊歩道化 |
| 18 |
大加島仮乗降場~川根唐沢 |
寄倉 (よせくら) |
遊歩道化 (長島ダム堤体で分断) |
| 19 |
〃 |
第一唐沢 (だいいちからさわ) |
水没 |
| 20 |
川根唐沢~犬間 |
平田 (ひらんだ) |
水没 |
| 21 |
〃 |
第一犬間 (だいいちいぬま) |
水位により水没 |
| 22 |
犬間~川根長島 |
第二犬間 (だいにいぬま) |
不明 |
| 23 |
〃 |
小芦沢 (こあしざわ) |
不明 |
| 24 |
〃 |
第一芦沢 (だいいちあしざわ) |
不明 |
| 25 |
〃 |
第二芦沢 (だいにあしざわ) |
不明 |
| 26 |
〃 |
久保山 (くぼやま) |
不明 |
| 27 |
〃 |
高野沢 (こうのさわ) |
不明 |
| 28 |
〃 |
第一長島 (だいいちながしま) |
不明 |
| 29 |
〃 |
第二長島 (だいにながしま) |
不明 |
| 30 |
川根長島~尾盛 |
第一竹の花 (だいいちたけのはな) |
|
| 31 |
〃 |
第二竹の花 (だいにたけのはな) |
|
| 32 |
〃 |
日蔭沢 (ひかげさわ) |
|
| 33 |
〃 |
第一栗草刈 (だいいちくりぞうり) |
|
| 34 |
〃 |
第二栗草刈 (だいにくりぞうり) |
|
| 35 |
〃 |
第一尾盛 (だいいちおもり) |
|
| 36 |
尾盛~閑蔵 |
第二尾盛 (だいにおもり) |
|
| 37 |
〃 |
第一関の沢 (だいいちせきのさわ) |
|
| 38 |
〃 |
第二関の沢 (だいにせきのさわ) |
|
| 39 |
〃 |
平石 (ひらいし) |
|
| 40 |
〃 |
第一化山 (だいいちばけやま) |
|
| 41 |
〃 |
第二化山 (だいにばけやま) |
|
| 42 |
〃 |
第三化山 (だいさんばけやま) |
|
| 43 |
〃 |
第四化山 (だいよんばけやま) |
|
| 44 |
〃 |
第一閑蔵 (だいいちかんぞう) |
|
| 45 |
閑蔵~亀久保信号場 |
第二閑蔵 (だいにかんぞう) |
|
| 46 |
〃 |
第一栃窪 (だいいちとちくぼ) |
|
| 47 |
〃 |
第二栃窪 (だいにとちくぼ) |
|
| 48 |
〃 |
所壺 (しょつぼ) |
|
| 49 |
〃 |
新凪 (しんなぎ) |
|
| 50 |
〃 |
第一梅の音 (だいいちうめのおと) |
|
| 51 |
〃 |
第二梅の音 (だいにうめのおと) |
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| 52 |
亀久保信号場~井川 |
第一亀久保 (だいいちかめくぼ) |
|
| 53 |
〃 |
第二亀久保 (だいにかめくぼ) |
|
| 54 |
〃 |
第三亀久保 (だいさんかめくぼ) |
|
| 55 |
〃 |
第一金山 (だいいちかなやま) |
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| 56 |
〃 |
第二金山 (だいにかなやま) |
|
| 57 |
〃 |
第三金山 (だいさんかなやま) |
|
| 58 |
〃 |
第一樽の羽 (だいいちたるのはね) |
|
| 59 |
〃 |
第二樽の羽 (だいにたるのはね) |
|
| 60 |
〃 |
第三樽の羽 (だいさんたるのはね) |
|
| 61 |
〃 |
第一樺の木 (だいいちかばのき) |
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| 62 |
〃 |
樺の木 (かばのき) |
|
| 63 |
〃 |
第二樺の木 (だいにかばのき) |
|
| 64 |
〃 |
第一西山 (だいいちにしやま) |
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| 65 |
井川~堂平 |
第二西山 (だいににしやま) |
留置線として利用 |
| 66 |
〃 |
島和合 (しまわごう) |
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※リストには 1988 年当時の廃止駅を含めています。
※網かけ部は廃止または付け替え区間です。
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